書標 2005.11月号
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敗戦日記


 今年の夏、戦後60年を迎えた。60歳以下の人はもはや戦争を知らない。60年という年月を経ても尚、人間は戦争を繰り返す。日本では過日の総選挙で憲法九条の改正を巡る議論も焦点のひとつとなった。
 今年もまた、多くの関連書が刊行された。新刊が出揃ったところで今回は敗戦日記を中心に取り上げていきたい。

政治家

 政治家の記録は戦後のみならず当時より重要資料であった。内容は大変難しいが六十年の時を経て今見ても、見てはいけないものを見てしまったような気分になる。
 陸軍戦争指導班で残された日誌が『大本営陸軍部戦争指導班 機密戦争日誌』(錦正社・21000円)。敗戦半年前から本土上陸を予期するなど、陸軍内部を客観的視点より明かす。戦争指導班が陸軍内部で流動的な立場にあったからこそ存在しえる記録。
 昭和天皇の側近として絶大な権力を持ち、その後A級戦犯となった木戸幸一の日記も『木戸幸一日記 上』(東京大学出版会・各8190円)として書籍化されている。
 10月3日に亡くなった細川護貞も日記を書いた。『細川日記 上』(中公文庫ビブリオ・各1000円)東条内閣の独裁を恐れた近衛文麿が、高松宮経由の天皇情報連絡係として細川を任命。敗戦間際、国体護持のため割れる意見で、ポツダム宣言受諾が遅れた事実などが時に熱く、だが淡々と記されている。

市井の人たち

 小説家の敗戦日記といってまず挙げられるのが高見順の『敗戦日記』(中公文庫・1250円)。鎌倉文士として知られる高見順は幼少の頃から「書き魔」であった。日記はそんな高見ならではのもので日々の生活が事細かに書かれている。あとがきからはこの日記を世に出すべきか苦悩したことが明かされている。
敗戦前日記』(中央公論新社・3568円)は故郷の福井に密かに残されていた中野重治の未発表の日記。
 同じく日記を残している小説家として大佛次郎、海野十三、山田風太郎、中井英夫などがいる。
「物価、と云っても主として闇値の変化を出来るだけくわしくかきとめておくこと」に始まる大佛の敗戦日記は敗戦前後の一年間だけ突如としてつけられたものだった。敗戦を予期していたのか、意味深である。『大佛次郎敗戦日記』(草思社・2243円)。
 科学者・SFの父として知られる海野十三は、東京大空襲を予言するような小説を書いた。まるで予言者のようだ。科学者としての視点は冷静そのものだが、『海野十三敗戦日記』(中公文庫・780円)での、敗戦直前に家族とともに命を絶とうと覚悟を決める様子には、やはり日本国民の象徴的な姿がみられる。
 健康な二十三歳の男子ならば誰もが戦争に行っていた当時、医学生として学問に勤しんでいたのは山田風太郎。これがタイトルの由来である。『戦中派不戦日記 新装版』(講談社文庫・1000円)の「どこまでも戦うべきだ、負けても戦いぬいたという誇りが胸にのこる」という記述は戦場へは行かずに済んだ彼独特の感情かもしれないが、8月15日の日記が一行しかないのは大きな衝撃を受けた何よりの証拠であろう。
中井英夫戦中日記 彼方より 完全版』(河出書房新社・2310円)は、戦後60周年を記念して、原本にも改めてあたり、完全復刻されている。
 弁士、漫談家多方面で活躍した徳川夢声も日記を残した。『夢声戦争日記抄』(中公文庫・1050円)では、日記を付けるか付けまいか随分と悩んだが、芸能、食、世相様々なことが綴られている。玉音放送を起立して聞いたという様子や「勝って負けてやっと一人前」という言葉には寂しさを感じる。
漫画家はその時代何を書いてきたのか。
漫画にみる1945年』(清水勲著・吉川弘文館・1785円)では1945年を当時書かれていた漫画で振り返る。紙不足の時代にも漫画家が漫画を書き続けられたのは、彼らが何者であろうと人々の共感を得てきたからであろう。
 今年の夏、新たに刊行された『あるジャーナリストの敗戦日記』(森正蔵著・ゆまに書房・2940円)は今までに刊行されてきた敗戦日記とは一味違う切り口で書かれている。政治家の日記は多く残っているがジャーナリスト、殊に新聞記者の記録というのは大変貴重なものである。ジャーナリストが敗戦直後より、このような敗戦を招いた責任はメディアにある、との見解を持っていたことは意外に知られていないことだろう。

子ども

 大人の多くが日記を残すとき、それはある意味この時代を記録したいという使命感があるのだろう。しかしそれは同時に、反国家的な場合、憲兵や特攻に没収されてしまうかもしれないという恐れもある。こういった日記とは全く違うのが、学校教育の一環として書かれた子どもたちの日記である。
 国全体が国策の下、軍国主義をとったということが当時の日本に多くの軍国少年・軍国少女を生み出した。『軍国少女の日記』(芹沢茂登子著・カタログハウス・1631円)を見た娘は、著者に「じゃあ、お母さんはナチスだったの?」と聞いたという。
 同じく天皇はありがたい、日本は神の国だ、という刷り込み教育が良く見て取れるのが、『絵日記にみる「少国民」昭子』(宮田玲子著・草の根出版会・2520円)である。少年少女がこういった思考の主体となっていく様子が記録されているが、ふんだんに書かれた絵や「ことしもおもちが、たべられてうれしいなあ」といった食事の内容がとてもかわいらしい。
昭和の戦争と少年少女の日記』(三島佑一著・大阪東方出版・2100円)は著者とその妹の日記より当時を振り返る。終戦を迎えた時妹は兄と全くそっくりに「仇を討てなかったことを深く深くおわびします」と書いた。筋金入りの軍国少女になっているが、それ以前には太平洋を渡り南洋の島々に行きたいとも書いている。いよいよと戦局が厳しくなる中でも、やはり子どもは子どもらしく夢を持っていた。
 10歳だった少女の日記はまだあどけなさを残しているが、成長するにつれ戦争の情勢を細かに記述するようになった。玉音放送を聴きながら嗚咽する仲間の中、一人心奥から湧き出る喜びの微笑を隠すことが出来なかった。軍国主義一色になりがちな子どもの日記の中で、自分の考えをしっかり持っていたことが分かる少女の日記が『少女の見た太平洋戦争』(川端富美子著・新風舎・1848円)。
旧制高校生の東京敗戦日記』(井上太郎著・平凡社新書・735円)は文学や音楽・相撲が好きな青年の日常が書かれている。玉音放送で国民に向けて言葉を発した天皇を一人の人間として捉えていく視点が興味深い。
 日記を書いたのは日本に住んでいた子どもだけではない。中国で中学生になった著者が、1945年の春に勤労動員された先で終戦を迎えソ連の捕虜となってしまった。終戦と聞いても離れ離れになった家族のこと、どうやって帰ればいいのかばかり考えたという『ソ満国境・15歳の夏』(田原和夫著・築地書館・2520円)。
 朝鮮半島に住んでいた一家が敗戦を迎え、抑留・脱出・引き揚げしていく様子を当時のメモを手がかりに回想も交え、書いた『少年の日の敗戦日記』(岩下彪著・法政大学出版局・3990円)。朝鮮にいた日本人がどのように敗戦を受けとめ、どのような境遇にあったのかを知る、少年の視点での貴重な一作。

まとめ

 以上で取り上げたように多くの人が終戦前後の記録を日記として残したが、このような日記を編年体形式でまとめた『「終戦日記」を読む』(野坂昭如著・日本放送出版協会・1365円)や『日記に見る太平洋戦争 新装版』(杉村優著・文芸社・1680円)のような書籍もある。著名人や海外のジャーナリストの日記をもとに当時を振り返っている。
 NHKの番組が元となった『あの日 昭和20年の記憶 上』(NHK「あの日昭和20年の記憶」取材班編・日本放送出版協会・2205円)は、昭和20年前半の毎日を各界著名人に取材した記録をまとめたもの。各日担当の語り手が詳細にその日を語っているのには圧巻される。下巻は未刊。