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最近はいくつもの出版社から新書が発売され、活況を呈している。『バカの壁』のヒットも記憶に新しい。数が増えたことで内容も多岐にわたり、いろいろなテーマに触れることができるようになった反面、どれから読んだらいいのか迷ってしまうということも起こりがちだ。そこで今月は、ジュンク堂の専門書の書棚でロングセラーとなっている、読んで間違いのない基本の百冊を選び出して解説をつけた。読書の指針となれば幸いである。
『法医学入門』(八十島信之助著)小説やドラマなどで死因を判定する場面をよくみるが、実際はどのようにして判断がなされているのか、図を多用してわかりやすく解説する。 『日本人の法意識』(川島武宜著)日本人の法に対する意識に焦点をあて、法律との間に存在するずれの変容や消滅の過程を事例とともに考察する。 『法とは何か 新版』(渡辺洋三著)長く読まれてきた法学入門書の全面改訂版。近現代法史や人権、国際法の新項目も盛り込まれ、初学者のためのテキストとしてより充実した構成となっている。 『国際政治』(高坂正尭著)平和を実現するためにはどうすればいいか。国家利益のみならずイデオロギーが絡むことによって複雑怪奇さが増している「国際政治」を軍備、経済などの具体的事例から平易に解析する。 『戦略的思考とは何か』(岡崎久彦著)日本における初の国家戦略論。発刊から20年以上経ち、国際情勢の変化から当時より日本が否応なく戦争に直面する場合を想定することが荒唐無稽とは言えなくなっている現在、戦略的思考を学ぶことが以前に増して必要かもしれない。 『なぜ国家は衰亡するのか』(中西輝政著)大英帝国、ローマ帝国などの例から国家が衰退するのは外的要因ではなく「内なる原因」からであることを検証し、衰亡へと進んでいる現代日本が再生するための道を示す。 『セーフティーネットの政治経済学』(金子勝著)長期停滞を解消するためには将来不安の解消が必要であり、そのための方策としてセーフティーネットを張りなおす制度改革が必要である。従来の経済学の二分法を越えた第三の道を示す。 『社会的共通資本』(宇沢弘文著)市民的自由が最大限に保障され、人間的尊厳と職業的倫理が守られ、しかも安定的かつ調和的な経済発展が実現するための装置としての「社会共通資本」という考え方に基づいた現代の諸問題への著者の思索。 『幻想のグローバル資本主義 上下』(佐伯啓思著)アダム・スミスとケインズという二大経済学者の「グローバル・エコノミー」への視点を読み解くことで現代のグローバリズムの問題点への見方に繋げ、現代のグローバル資本主義がはらむ矛盾と危険性を論じる。上巻がアダム・スミス編、下巻がケインズ編。 『資本論の世界』(内田義彦著)人間にとって資本主義は何を意味するか。「資本論」体系という形を取らざるをえなかったマルクスが現代のわれわれに何を伝えようとしているかが見えてくる。 『貨幣とは何だろうか』(今村仁司著)「人間にとって貨幣とはなにか」という問いに対して、経済的な側面からではなく、人間の根源的条件から考察する。ゲーテやジイドの小説を貨幣との関わりから読み解くなどの試みが興味深い。 『経済学の考え方』(宇沢弘文著)経済学とはどんな学問であるか、経済学の考え方とは何かについて、著者がこれまで感動を覚えながら読んだ経済学書を中心にして自身の考え方を著している。文献は古典から現代までにわたっている。 『日本経済図説 第三版』(宮崎勇著)豊富なデータと図表を盛り込んだ日本経済の解説書。最新版への改訂にあたり、「IT革命と情報化社会」の一章も新たに加えられた。好評入門書。 『豊かさとは何か』(暉峻淑子著)物質的には豊かだが、精神的に満たされていない日本の姿を問うた本。本書はバブル期に書かれたものだが、現在でも十分通用する内容である。15年間で変わったこと、未だに変われないでいることなど、比較しつつ読むと一層興味深い。 『不平等社会日本』(佐藤俊樹著)「努力すればナントカなる」のか「努力してもしかたがない」のか? 長年の社会調査を基に「総中流」時代が終わり階級社会に近づきつつあることが社会に歪みをもたらしていると解析し、真の機会平等社会への道を模索する。 『人口減少社会の設計』(松谷明彦著)現代日本の急速な人口減少が厳然たる事実であることをふまえ、それをただ憂慮すべき事と捉えるのではなく、その変質のプラス面を生かすことで質的に成熟した社会を作る方策を示す。 『現代社会の理論』(見田宗介著)現代社会をゆたかな社会としている情報化/消費化社会という社会システムが持つ魅力と、必然的に直面する限界を環境、公害、資源、飢餓などの問題から直視する。 『日本の思想』(丸山眞男著)日本の思想史の包括的な研究がなぜ貧弱なのか、という問題提起から、その日本的特質が何に由来するものかを構造的に読み解き、これからの日本の思想はどうあるべきかを問うた文明論的考察。 『ナショナリズム』(浅羽通明著)著者の企画する日本思想入門シリーズの第一弾。近代日本のナショナリズムの起源とその諸相を小説から軍歌の歌詞、コミックなどのテキストを用いて網羅。同著者の『アナーキズム』もおすすめ。 『「不自由」論』(仲正昌樹著)昨今何かというと「自己決定」が求められるようになってきているが、意味が曖昧なままで言葉のみが独り歩きしている。その前提である「自由な主体」の契約により社会が形成される、という西欧近代思想の考えの限界が明らかになりつつある現代において「自己決定」とは何かを考える。 『フォト・ジャーナリストの眼』(長倉洋海著)時に死と隣り合わせになりながらも写真を撮り続けるフォト・ジャーナリストは何を見ているのか。海外でも日本でも「右目でファインダーを、左目でそこには映らない世界を」見てきた著者の12年にわたる取材の記録。 『「知」のソフトウェア』(立花隆著)知的情報のインプットとアウトプットという分野は一般論が成り立たない。方法論は多くあるが試行錯誤は無益だ。長年それを生業にしてきた著者が方法論発見のヒントとして個人的な覚書を書いた。 『発想法』(川喜田二郎著)著者の野外科学研究におけるデータの整理と統合のために考案され、ビジネスの現場でも創造的発想法として広く用いられたKJ法の技法と効果の解説書。60年代の出版であり、やや古いと思われる部分もあるが発想の方法そのものは現在でも有用だ。 『社会科学の方法』(大塚久雄著)自然科学とは違い人間の営みを対象とする社会科学において科学的認識は成立するのか。マルクスとヴェーバーがこの問題をどのように捉えていたかを例にとって検討し、今後の社会科学の方向をも指し示す。 『分かりやすい表現の技術』(藤沢晃治著)不親切な案内標識、使えないマニュアル。日常に氾濫する「分かりにくさ」を生み出す犯人を見つけ出し、具体的な対応策を提示する。
『歴史とは何か』(E.H.カー著)「歴史とは何か」「歴史的事実とは何か」「歴史は科学なのか」。本書は、こういった歴史というものの根本問題について丁寧に論じた歴史哲学の書物であり、「歴史」という学問を考える上で重要な一冊である。 『日本社会の歴史 上 中 下』(網野善彦著)日本列島で生活していた人々が最初から日本人であった訳ではない。「はじめに日本人ありき」といった歴史の見方を改め日本列島の人間社会の歴史を民衆社会の側から捉え直した、新しい試みの書。 『神々の明治維新』(安丸良夫著)廃仏毀釈・神仏分離とは、明治維新という大変革の中で起きた単なる一時的な逸脱ではない。廃仏毀釈・神仏分離が引き起こした日本人の精神史の一大転換を克明に描き出した好著である。 『キメラ――満州国の肖像』(山室信一著)日本人が初めて経験した多民族共生国家「満州」とは一体如何なるものであったのか。「満州」を様々な角度から分析し、さらにそれを支えた近代日本の国家観や民族観、アジア観をも問い直す、意欲的な一冊である。 『民族と国家』(山内昌之著)冷戦後、浮き彫りになった民族と国家をめぐる未曾有の問題について、著者の専門であるイスラーム史の視点からアプローチしている。現在のイラク問題を考えるうえでも、重要な視座を与えてくれる論考。 『バナナと日本人』(鶴見良行著)安価でどこでも手に入るバナナだが、その生産や流通の在り方、歴史を追ってゆくことで、バナナの裏側にある「アジアの貧しさ」の構造やアジアと日本の歪んだ関係をはっきりと浮かび上がらせる。 『タテ社会の人間関係』(中根千枝著)日本のあらゆる社会集団に共通して見られる人間関係の分析を通して、社会人類学の立場から日本的社会構造の特性を「タテ関係」と論じた著。刊行以来、百万部を超え、外国語にも翻訳された本書は、日本社会を考えるうえで今も大きな影響を与えている。 『気違い部落周游紀行』(きだみのる著)社会学者が戦中・戦後を通して過ごした、とある集落の生活の記録である。そこに書かれた村人の言動は、外から来た観察者ではなく、一村人として村の中で生きた著者だからこそ記録しえたものである。 『社会学講義』(富永健一著)新書で読める最もまとまった社会学概論。社会科学一般に関するある程度の予備知識を前提として書かれており水準は高い。広範な研究領域にまたがる今日の社会学を網羅的に解説した本書は、その全体像を把握するのに役立つだろう。 『自由とは何か』(佐伯啓思著)自由の概念をめぐる歴史的変遷を辿りながら、現代における自由の意味を根源から問い直したもの。保守論客としても知られる著者だが、「個人の選択の自由」を謳う現代リベラリズムに対する批判は手厳しい。 『大衆教育社会のゆくえ』(苅谷剛彦著)高学歴を求める風潮と学歴崇拝や受験戦争に対する批判。こうした日本独特の教育に対する考えが生まれた経緯を探り、またこうした考えが日本社会の形成にどう影響していったかを鋭く分析する。 『弱者とはだれか』(小浜逸郎著)日本社会において「弱者」を語る時に感じる、言いにくさや遠慮がなぜ生じるのかついて考察したもの。障害者や部落差別、マスコミの自主規制などの例を挙げながら、その問題点を抉り出し乗り越えるための方法を提案する。 『子どもの社会力』(門脇厚司著)「社会力」とは著者の造語で、社会を作り変革していく力を指す。いじめや学級崩壊など子どもの社会力が低下している現象を取り上げ、その原因や背景を考察。子どもの社会力育成には多様な相互行為の場が必要と指摘し、地域社会による教育の重要性を説く。 『子どもと自然』(河合雅雄著)著者は日本における霊長類学の創始者の一人。子どもを取り巻く自然や環境がヒトの発達に及ぼす影響について考察したもの。サル社会との比較を交えつつ、人類学的見地から論じられる教育問題への提言は示唆に富んでいる。 『子どものための哲学』(永井均著)「なぜ悪いことをしてはいけないか」、「なぜぼくは存在するのか」――。著者が子どもの頃に抱いた、この二つの素朴な疑問をめぐって徹底的に考えた。〈子ども〉の驚きをもって発した自分だけの問いを出発点にして、自分ひとりで哲学をやっていくための見本を示してみせた。 『時間と自己』(木村敏著)分裂病や鬱病などの精神病者に特徴的な時間意識構造を分析。時間が自己の存在とは切り離せない「こと」的現象であるとの認識から、精神病を自己の病理であると同時に時間の病理でもある事態として捉えた。精神病理学の立場から書かれた時間論。 『ユングの生涯』(河合隼雄著)分析心理学の創設者で集合的無意識を提唱したスイスの精神療法家、カール・グスタフ・ユング(一八七五〜一九六一)の生涯を日本におけるユング心理学の第一人者が丹念に描き出したもの。 『量子力学が語る世界像』(和田純夫著)量子力学の「多世界解釈」と呼ばれる立場に立つ著者が、その考え方を平易に解説したもの。コペンハーゲン解釈の代替案として新たに登場し、宇宙構造にまで量子効果を見る多世界解釈が描く世界像へ読者を招待する。 『はじめての構造主義』(橋爪大三郎著)理論社会学者である著者が、フランスを代表する構造人類学者・レヴィ=ストロースの理論を紹介しながら、「構造主義」の考え方を明快に解説した。難解と言われる構造主義の入門書として定評がある。 『フェミニズム入門』(大越愛子著)近代自由主義思想の中から「女性解放」という課題を掲げたフェミニズムが登場してから既に二百年以上が経過した。本書はフェミニズム思想の諸潮流と辿りながら、その成果と課題を検証し解説した一冊。 『近代の超克』(河上徹太郎著)雑誌「文学界」が一九四二年に開いた特別座談会(京都学派、日本浪漫派、文学界グループの三派が共同で行った)と戦後、竹内好によって書かれた論文を合わせて収録したもの。昭和精神史を考えるうえで、この上なく重要な一冊。 『現代日本の思想』(久野収、鶴見俊輔著)哲学者である二人の共著。20世紀前半における日本の思想を「観念論」「唯物論」「プラグマティズム」「超国家主義」「実存主義」の五つに分類し、それぞれを代表する思想家や思想運動を取り上げながらその特徴を位置づけた著。 『儒教とは何か』(加地伸行著)我々は、儒教的な部分が少なくない文化の中に暮らしながら、儒教についてよく知っているとは言い難い。儒教を根本から問い直し、またそれが現代にどう関わっているかを分かりやすく教えてくれる一冊。 『唯識思想入門』(横山紘一著)煩瑣かつ難解な唯識思想だが仏教思想を学ぶうえでは避けては通れない。唯識思想の内容や歴史を分かりやすく解説してくれる、初学者に格好の入門書である。 『インド仏教思想史』(三枝充悳著)インド仏教は仏教の源流であり、その思想は仏教がどれほど広まろうと仏教の根本となることに変わりはない。その思想の中でも特に重要な部分を、あまり専門用語を使わずに読者に解説してくれる好著。
『数学入門 上下』(遠山啓著)今日、数学はあらゆる分野で活用されている。その数学の基礎知識を、日常生活の論理に沿ってわかりやすく説き、ビジネスはもちろん、家庭生活にも活かせる内容となっている。
『漢字百話』(白川静著)太古の呪術や生活の姿を伝える、漢字の世界。漢字文化研究の第一人者、白川静が厖大な資料考証によって、文字の原始の姿を確かめ、原義を鮮やかに浮かび上がらせる。入門に絶好の、刺激的な書。
『名画を見る眼』(高階秀爾著)ただ美しいだけの絵画は存在しない。一歩進んだ鑑賞のお供に最適の一冊。続篇『続・名画を見る眼』と合わせ、ファン・アイクからモンドリアンまで29点の名画を解説。
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