書標 2004.8月号
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特集1 江戸川乱歩


 今年は江戸川乱歩の生誕110周年にあたる。戦前の探偵小説ブームを牽引した乱歩の人気はいまだ衰えず、現在も文庫版全集が刊行中であり、また8月には東京・池袋にある旧江戸川乱歩邸の一般公開も予定されている。
 この機会に乱歩の魅力に触れてみようという方のために、関連書籍をご紹介したい。

■乱歩入門

 小説家としての乱歩が活躍していたのは、大正末期から昭和初期にかけて、今から70年以上も昔のことだが、現在でもほぼ全作品が新刊書店に並んでいる。大衆文学の世界でこれほどの人気を維持している作家は数少ない。
 まず、手っ取り早く乱歩を読んでみたいという方には、春陽文庫の「江戸川乱歩文庫」(全30冊・各450円〜570円)がお薦め。現時点で児童向けを除いた全作品を読めるのは、このシリーズだけである。
 一方、創元推理文庫の「乱歩」シリーズ(現20冊・各525円〜819円)は、刊行ペースが極端に遅く、なかなか完結しないものの、編集方針では春陽文庫版を圧倒している。乱歩の全集は生前に何度も刊行されているが、その最後のものである桃源社版全集を底本とし、初出時の挿絵をできる限り収録するというやり方で、乱歩全集の決定版を目指している。じっくりと乱歩を体験したいという方には、こちらがお薦めだろう。


江戸川乱歩全集 第1巻
光文社文庫・1050円

 さらに昨年から光文社文庫でも「江戸川乱歩全集」の刊行が始まった(現13冊・各900円〜1100円・毎月1冊発行)。これは創元推理文庫とは対照的に、それぞれの作品が初めて収録された全集を底本とし、詳しい解題をつけたマニア向けの内容となっている。さらに、これまで単行本化されていなかった幼児向けの作品も含め、全ての小説が収録される予定となっている。乱歩の全てを知りつくしたいという上級者にお薦め。
 一般的には名探偵・明智小五郎が悪人と戦う長編小説で知られる乱歩だが、本格ミステリ・幻想文学のファンからは短編作家として高く評価されている。その短編小説を全て収録したのが、ちくま文庫の『江戸川乱歩全短篇』(日下三蔵編・全3冊・各1260円)である。全体を「本格推理」編と「怪奇幻想」編とに分類している。
 また、怪人二十面相で知られる児童向けの「少年探偵団シリーズ」は、「少年探偵・江戸川乱歩」としてポプラ社から刊行されている(全26冊・各1029円)。98年から新装版に切り替わり、挿絵や装丁などが改められ、今も子どもたちに読まれている。



 『日本探偵小説全集(二)江戸川乱歩集
創元推理文庫・1260円


 もちろんいきなり全集に手を伸ばすのはためらわれる方も多いだろう。そんな方には、傑作選もいくつか編まれている。
 本格ミステリ・幻想文学に絞って代表作を編集したのが創元推理文庫の『日本探偵小説全集(二)江戸川乱歩集』(1260円)である。「屋根裏の散歩者」「陰獣」「パノラマ島奇談」などの名作がずらりと並び、これ一冊で乱歩の魅力は網羅されている。
 新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』(460円)は、短編を九編にまで絞って紹介し、手軽に乱歩に触れられる内容となっている。



■評論家・江戸川乱歩


 江戸川乱歩は創作活動だけでなく、評論家としても大きな業績を残している。
 まず、海外ミステリの日本での普及に大きく貢献した。乱歩が評価したことで、現在に至るまで海外ミステリの定番となっている作品には、エラリー・クイーン『Yの悲劇』(鮎川信夫訳・創元推理文庫・651円)、イーデン・フィルポッツ『赤毛のレドメイン家』(宇野利泰訳・創元推理文庫・777円)、ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』(稲葉明雄訳・ハヤカワ文庫・840円)などがある。評論集『海外探偵小説作家と作品』(早川書房・3568円)では、これらの作家を乱歩がどのように評価してきたのかを読むことができる。また、乱歩が選んだ海外ミステリ短編を収録した『世界短編傑作集』(全5冊・創元推理文庫・各588円〜693円)も発行されている。
 国内においては新人作家の発掘に尽力した。『刺青殺人事件』(扶桑社文庫・840円)の高木彬光、『黒いトランク』(創元推理文庫・651円)の鮎川哲也などは乱歩によって見出された作家である。また、意外なところでは、大藪春彦の『野獣死すべし』(角川文庫・504円)や、筒井康隆「お助け」(『にぎやかな未来』角川文庫・483円に収録)なども乱歩が編集長を務めた探偵小説専門誌「宝石」に掲載され、作家デビューにつながった。新人発掘や国産ミステリの普及にかける乱歩の意気込みは『日本探偵小説事典』(新保博久、山前譲編・河出書房新社・6932円)で知ることができる。「宝石」編集長時代を中心に、国内作家について乱歩がコメントしたコラムをまとめたものである。
 乱歩の還暦を記念して始まった「江戸川乱歩賞」は、現在に至るまでミステリ界における新人の登竜門となっている。人気作家を何人も輩出した乱歩賞受賞作は、講談社文庫『江戸川乱歩賞全集』(現16冊刊行中・各1250円)で、今もほとんどを読むことができる。初期の受賞作には乱歩自身による選評も付いており、その点でも興味深いシリーズである。


■乱歩を解読する


幻影の蔵
東京書籍・8000円
 

 江戸川乱歩に関する研究書もいろいろと発行されている。
 まず、近年最大の収穫は、一昨年に発行されてファンを驚かせた、新保博久と山前譲による『幻影の蔵──江戸川乱歩探偵小説蔵書目録』(東京書籍・8000円)である。池袋にある旧江戸川乱歩邸に収蔵されている探偵小説コレクションの詳細な記録で、乱歩の読書傾向だけでなく、当時の海外ミステリ翻訳事情についても窺い知ることができる、貴重な資料となっている。また、付録のCD‐ROMは、乱歩邸探索を疑似体験できる機能など、遊び心のある楽しい内容となっている。
 十年前の乱歩生誕百周年を記念して刊行された大冊が『乱歩 上・』(新保博久、山前譲編・講談社・各6090円)である。乱歩の主要作品、エッセイに加え、小酒井不木、夢野久作などによる同時代評、また中井英夫、笠井潔ら、現代作家の視点からの評論などを集大成し、乱歩の批評書としては資料価値の高い内容となっている。
 フランスミステリの評論家として知られる松村喜雄は『乱歩おじさん』(晶文社・2345円)という本を書いている。著者は乱歩と親戚関係にあり、幼少の頃より乱歩と身近に接していた。評論家として乱歩の業績を整理する一方で、親戚として「乱歩おじさん」の素顔を描き、面白い本になっている。
『江戸川乱歩ワンダーランド』(沖積舎・1365円)は、さまざま人たちから乱歩にまつわる文章を集めた本。島田荘司による乱歩論など、読み応えのあるものが揃っている。
 平凡社コロナブックスの一冊『江戸川乱歩』(1600円)は、都筑道夫、荒俣宏、佐野史郎らによるエッセイを集め、乱歩に関連した写真やイラストなどとともに収録したもの。さまざまな角度から乱歩の魅力を知ることができる。
 また、『文藝別冊 江戸川乱歩』(河出書房新社・1200円)は、横溝正史との書簡、著名人の書いた乱歩にまつわる雑多な文章などを集めた1冊。中でも、新発見された未発表小説は貴重だ。

 江戸川乱歩と言えば、子どもの頃に怪人二十面相と明智小五郎との戦いを愛読された方も多いだろう。その少年探偵団シリーズの研究書も2冊出ている。
少年探偵団読本』(黄金髑髏の会編・情報センター出版局・1631円)は、単行本未収録を含めた全作品解説をはじめとし、主要キャラクターの紹介や、魅力の分析など、充実した内容。
 一方『江戸川乱歩と少年探偵団』(堀江あき子編・河出書房新社「らんぷの本」・1575円)は、図版や写真などの資料が充実している。挿絵画家の比較などは面白い記事だ。

 乱歩は同業の作家にとっても色々と興味深い人物であるらしく、乱歩をテーマにした小説も数多い。
乱歩の幻影』(日下三蔵編・ちくま文庫・1050円)は、乱歩をテーマにした小説、あるいは乱歩が登場する作品など10編を収録したアンソロジー。伊賀出身である乱歩をネタに人を喰った忍法小説を仕立てる山田風太郎や、名作「目羅博士」の続編を狙った竹本健治、現代の東京を舞台に幻想的な物語を綴る島田荘司など、壮観である。
 劇作家・北村想の『怪人二十面相・伝』(出版芸術社「ふしぎ文学館」・1680円)は、少年探偵団シリーズの一エピソードでポロリと明かされる二十面相の本名と素顔を膨らませ、彼の生い立ちを小説に仕上げている。
 久世光彦の『一九三四年冬‐乱歩』(新潮文庫・500円)は、実際にあった乱歩の失踪をテーマに、失踪期間中の乱歩を描いている。作中に登場する「梔子姫」という架空の乱歩作品が話題となった。
 小説と言えば、極めて異色な作品が岩田準子『二青年図』(新潮社・1785円)である。著者は乱歩の挿絵画家として活躍した岩田準一の孫で、乱歩と準一の同性愛が本書のテーマになっている。どこまで本当なのかよくわからないが、ひとまずは小説として読んでおきたい。
 また、乱歩の小説を漫画化した作品も昔から数多い。現在入手可能なものとしては、藤子不二雄A『怪人二十面相』(全2冊・ブッキング・各410円)、高階良子『黒とかげ』(講談社漫画文庫・630円)、横山光輝、古賀新一らの作品を集めた『白髪鬼』(角川ホラー文庫・840円)などがある。また、山田貴敏が少年探偵団シリーズの諸作をコミック化した『少年探偵団』(小学館ビッグコミックス・現1冊・530円)が、現在刊行中である。いずれの作品も、原作を尊重しながらもそれぞれの時代の読者にあわせたアレンジが加えられていて面白い。

■同時代作家

 乱歩が活躍した戦前の時期は、雑誌「新青年」を中心に多くの探偵小説作家が人気を集め、第一次ミステリブームを形成していた。
 この頃の作家で、乱歩のように現在でも全作品を読むことができる作家はほかにいないが、さまざまな形で傑作選が刊行されており、当時の雰囲気を楽しむことは今でも充分に可能である。
 まず創元推理文庫の『日本探偵小説全集』(全12冊・各1260円)は、黒岩涙香から横溝正史まで、ミステリが「探偵小説」と呼ばれた時代の名作を、作家ごとにまとめて収録している。小栗虫太郎「黒死館殺人事件」、夢野久作「ドグラ・マグラ」など、広い層に支持される人気作品から、久生十蘭、浜尾四郎など通好みの作家まで、往年の主要作品はこのシリーズで概観できる。
 ちくま文庫の「怪奇探偵小説傑作選」(全5冊・各998円)、「怪奇探偵小説名作選」(全10冊・各1365円)も、作家ごとに名作短編を収録したシリーズ。特に『横溝正史集』『小酒井不木集』の二冊は非常にバランスのよいセレクションで、探偵小説ファンには必読の内容となっている。
 昨年から刊行の始まった論創社の「論創ミステリ叢書」(現7冊刊行・2625円〜2730円)も平林初之輔や甲賀三郎など、乱歩と同時代に活躍した探偵小説作家を取りそろえている。
 このほか、国書刊行会「探偵クラブ」シリーズ(全15冊一部品切れ・2039〜3059円)、春陽文庫「探偵CLUB」シリーズ(全16冊一部品切れ・530〜714円)などが乱歩と同時代の作家をまとめている。

 

■乱歩の時代
 

 大正12年に短編「二銭銅貨」でデビューした乱歩は、昭和初期にかけて人気作家として活躍した。この時代は関東大震災を挟み、近代都市・東京が形成された時期にあたり、乱歩の作品は当時の街や風俗を知るための貴重な資料ともなっている。
 このような視点から乱歩を論じる先駆けとなったのが松山巖の『乱歩と東京』(ちくま学芸文庫・1050円)である。著者は建築家として「都市」をテーマにした著書が多いが、本書もその一つ。1920年代の東京を論じることにより、乱歩作品を様々に分析している。
 乱歩と東京を扱った本としては、ほかにも、作品に登場する東京の街の地理的歴史的な背景を紹介していく冨田均著『乱歩「東京地図」』(作品社・2625円)や、現存する町並みをイラスト混じりで紹介している磯田和一著「東京遊歩東京乱歩」(河出書房新社・1575円)などがある。



乱歩と東京
ちくま学芸文庫・1050円



 前述の松山巌『乱歩と東京』では、乱歩の小説「陰獣」と昭和初期に建設された同潤会アパートとの関連が指摘されている。同潤会アパートは当時の高級アパートの一種で、現在も東京の各所に残っている。明智小五郎が住んでいた「開化アパート」もこのような高級アパートとされており、当時の雰囲気を伝える同潤会アパートは乱歩ファンからも注目されている。同潤会アパートについては『消えゆく同潤会アパートメント』(河出書房新社らんぷの本・1785円)などの本が詳しい。
 乱歩の作品では、近代的なモダン都市が描かれる一方で、見世物や博覧会など猥雑な闇の部分もしばしば描かれる。このような場の雰囲気を知るための本として田中聡『衛生展覧会の欲望』(青弓社・2520円)、橋爪紳也『人生は博覧会 日本ランカイ屋列伝』(晶文社・2100円)などがある。
 また、「押絵と旅する男」などの作品で好んで描かれた浅草、およびそこにかつて聳えた凌雲閣については細馬宏通『浅草十二階』(青土社・2520円)に詳しい。
 最後に、当時の性風俗について書かれた本を紹介しよう。平井蒼太『おいらん』(河出文庫・600円)は、著者の女郎屋巡りを赤裸々に綴ったもので、昭和初期の遊郭の雰囲気を伝えている。この平井蒼太は、乱歩の実弟で、古本屋の主人、豆本の製作などをしつつ、風俗文献の研究や作家活動などを行い、風狂の士としてその名が知られている。血は争えないものだ。