書標 2004.4月号
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特集2 嘘本三昧

 本に書かれていることは全て本当のこと……などということはないが、それでも活字になったものには、なんとなく説得力がある。しかし、世の中には、科学的な専門書やノンフィクションと見せかけ、嘘ばかり書いてある本もあるから要注意。エイプリルフールの四月にちなみ、奇妙奇天烈な嘘で埋め尽くされた本を紹介してみます。


 まずは、ハラルト・シュテュンプケ著『鼻行類』(日高敏隆訳・平凡社ライブラリー・840円)。南太平洋のハイアイアイ群島で発見されたのは、鼻で歩く習性を持つ、新種の動物だった……という内容で、鼻行類と名づけられたその動物の観察記録が克明に記されている。解剖図などの図版も多用され、一見、本物の生物学の専門書かと思ってしまうほどよくできた内容だが、本書の解説にもあるとおり、完全にフィクション。しかし、そうとわかると、今度はユーモラスで奇抜な発想に感心してしまう。
 このように専門書を模した本は、ほかにも色々ある。まず、『卓越した心理療法家のための参考書』(『星の王子さまと野菜人格』改題・星和書店・2520円)は、心理学の専門書という体裁を取っているが、よくよく読むと「大学生がテスト前に祖父母を亡くす率は成績の悪さに比例する」などということを真面目に論じたりしていて、大いに笑える。
 また哲学書を装う『超哲学者マンソンジュ氏』(マルカム・ブラドベリ著・柴田元幸訳・平凡社ライブラリー・1050円)という本もある。一冊の思想書を残して失踪したマンソンジュ氏の足跡を辿りつつ、現代思想を概観するという内容で、訳者のあとがきや参考文献も楽しい仕掛けが施されている。
 

鼻行類
平凡社ライブラリー・840円

 生物学関係は『鼻行類』をはじめとして、嘘本の宝庫で、絵本作家レオ・レオーニの著した『平行植物』(ちくま文庫・1155円)も有名。こちらは実在しない架空の植物について書かれたもの。
 また、劇作家・別役実のエッセイ集『虫づくし』(ハヤカワ文庫・630円)も面白い。「虫」に関する蘊蓄をあれこれ披露しているが、これが「ナメクジに養毛剤をかけるとケナメクジになる」だの「ゲジゲジはウンコをしない」だのと、真っ赤なウソばかり。しかし、突っ込みを入れるヒマもなく、さらにウソの上塗りが繰り返されるから、我々はただひたすら笑い続けるしかない。他に『道具づくし』(ハヤカワ文庫・651円)、『鳥づくし』(平凡社ライブラリー・882円)などあって、シリーズとなっている。
 

幻獣標本博物記
パロル舎・2100円

 最近発行された本では江本創著『幻獣標本博物記』(パロル舎・2100円)が要チェック。竜や悪魔などの幻獣を捕獲し、ミイラ化した標本の写真集だが、「ああ、竜というのはこんな生き物だったのか」と、思わず納得してしまう出来映え。「幻界灘」で獲れたという珍妙な魚の調理法なども説明されている。
 生物関係では、他にジョアン・フォンクベルタ著『秘密の動物誌』(筑摩書房)も架空の動物がたくさん紹介されている楽しい本だが、残念ながら現在は出版元で品切れ。しかし、同じ著者の『スプートニク』(管啓次郎訳・筑摩書房・2730円)は今も読める。
 冷戦下のソ連で、宇宙開発中に起きた事故により、一人の宇宙飛行士と一匹の犬の存在記録が抹消された。この事件を徹底的に取材し、その真相に迫る、というのが本書の内容。ところが、これまた隅から隅まで、フィクションなのである。膨大な写真を交えて消えた宇宙飛行士を追っているが、この写真で宇宙飛行士を演じているのが実は著者本人だったりする。
 ジョアン・フォンクベルタはこのように虚構の物語を、写真を使って展開しているスペインのアーティストだが、日本ではクラフト・エヴィング協會の活動が知られている。
 クラフト・エヴィング協會というのは吉田篤弘・吉田浩美夫妻のユニット名で、『どこかにいってしまったものたち』(筑摩書房・2520円)では、かつて「あったはず」なのに「どこかにいってしまった」不思議な品物を色々と見せてくれる。「時間幻燈機」「空中寝台」など、発想の面白さもさることながら、カタログとして掲載されている品々が実にレトロな雰囲気を持っていて楽しい。また、『らくだこぶ書房21世紀古書目録』(筑摩書房・2100円)は未来の本の古書目録。誰も見たことはない、でも古本なのでちょっぴり古ぼけた数々の本が紹介されている。掲載された本の内容も面白いが、それよりも装丁のセンスの良さに目を奪われてしまう。全ての本を実際に作り、写真に撮ってカタログのように並べているのだが、装丁家としても活躍するクラフト・エヴィング協會の面目躍如といったところだろう。
 このように架空の書物ばかりを紹介している本も、色々とある。
 有名なのはポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの『完全な真空』(国書刊行会・2100円)、『虚数』(国書刊行会・2520円)の2冊。前者は存在しない書物の書評集、後者はやはり存在しない本の序文を集めたもの。無限とも思われる想像力には感嘆するしかない。
 日本では松山巖編『偽書百撰』(垣芝折多著・文春文庫・500円)という傑作がある。明治から昭和初期にかけて発行されたという奇妙な本を百冊も紹介しているもので、まず紹介されている内容が振るっている。「全文回文のポルノ小説」や「読むと眠くなる安眠小説」、あるいはマッチのすり方のみを説明した明治時代の実用書など、ビックリするような本が次々と現れる。表紙写真や挿絵の抜粋など、図版もたくさん掲載されているため、ついつい自分も古本屋へ行って、奇妙な本を漁りたい衝動に駆られてしまう。実際に存在するいかなる本よりも遥かに魅力的な本ばかりである。

 架空の本ならぬ架空の映画のレビューを集めたのが橋本治の新刊『嘘つき映画館シネマほらセット』(河出書房新社・1680円)。ウォシャウスキー兄弟監督の「くノ一忍法帖」、アントニオ・バンデラス主演の「丹下左膳」、あるいは中学生の両親が殺し合う「バトル・ロワイアルPTA」など、実在の人物や作品を巻き込みながら、とんでもない嘘八百の映画を次々と紹介している。
 映画関係ではほかに『コリン・マッケンジー物語』(デレク・A・スミシー著・柳下毅一郎訳・パンドラ発行・現代書館発売・1575円)がある。これは「ロード・オブ・ザ・リング」で有名な映画監督ピーター・ジャクソンが製作したドキュメンタリー「光と闇の伝説/コリン・マッケンジー」を書籍化したもの。ニュージーランドにはかつてコリン・マッケンジーという偉大な映画監督がいて、史上初の長編映画も、史上初のトーキー映画も、全ては彼の業績であった……という内容なのだが、これがまた完全にフェイク。コリンの人生を細かい部分まで丹念に、そして感動的に描き、その上で、フェイクであることを隠してドキュメンタリー番組としてニュージーランドで放映したため、かなり物議を醸したそうだ。書籍版の本書でも非常に手の込んだ写真などを混ぜながら、ピーター・ジャクソン自身の映画に対する情熱をコリンへ重ね合わせている。
 映画のセットのように家並みを作りこんだテーマパークが全国各地にできているが、その先駆けとなったのが、昭和三十年代の「鶴亀町」という架空の町を再現した新横浜ラーメン博物館。そして、その鶴亀町の歴史を綴った本が『ラーメンの街に日が暮れて』(百田健夫著・みくに出版・1835円)である。図書館の片隅にひっそりと置かれた郷土史のような雰囲気をよく再現している。この本自体も昭和33年に発行されたものが、倉庫に埋もれていた、という設定で、そのため活版で印刷したり、本のあちこちに染みを付けたりと、装丁も凝っている。ラーメン博物館を知らない人にもお薦めの本だ。