書標 2004.2月号
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よくぞここまで「書標」と私の25年
村上篤美(東京都・方南読書クラブ・74歳・無職)

 上のタイトルには、さまざまな思いがこめられている。一つは「書標」がよくぞここまでの25年間・通巻300号をこえるまで続いてきたものだ、という賞讃と祝福である。次にその「書標」と私との気の遠くなるほど長い(?)つきあいや関わりについての感慨である。
 やがて75才になる私にとって、この25年間は生涯の読書生活においても大きな比重を占めている。後でも触れるけれど、もし「書標」という存在がなかったら私の後半生の読書は、今とはかなり違った展開をみせていただろう。
 あれは確か単身赴任で私が神戸に在勤していた昭和51年の秋だった。三宮センター街に大きな本屋さん、すなわちジュンク堂書店がオープンした。
 映画館の地下という変チクリンな場所で出入口は通りから少し奥まったところに設けられたエスカレーターだけだった。
 それまで、阪神地区で知られていた地下にある書店は、阪急梅田駅の地下街のA書店か三宮地下街のK書店くらいのものだった。どちらもターミナル駅に直結する人通りの多い地下街にあった。
 一軒だけ孤立した地下の本屋商売が果たして成り立つのだろうか、他人ごとながら本好きの私にはずいぶんと気が揉めたことだった。それに加えて「書標」の発行にも驚かされたり呆れてしまった。
 岩波書店、講談社や新潮社など大手出版社のPR誌には、従来からずいぶんと世話になっている。しかし、一介の本屋が独自の宣伝誌を、それも月刊で出すというのは酔狂すぎはしないか、というのが偽りのない感想だった。
 ジュンク堂からは神戸港のある方向へ歩いて7、8分のところに私が勤務していたオフィスがあった。だから、昼休みにセンター街まで出かけてジュンク堂をのぞいたり、なじみの喫茶店に立ち寄るのが日課となった。以前には、これ…といった本を探すのに、かなり離れていた元町通りの某書店まで出かけていたのでジュンク堂の出現は、私にとっては旱天の慈雨、渡りに船だった。
 通いつめていたある日のことだった。私はそのジュンク堂で、福永武彦『意中の文士』上下2巻と網野菊『心の歳月』にめぐりあう僥倖に恵まれた。どちらも探しあぐねていた本だったので、そのときの嬉しさを綴った《私の掘り出し物》という一文を投稿した。それが「書標」との縁が生まれるきっかけとなった。
 当時の「書標」係はKさんで、以後のSさんやMさんたちにもなにかとお世話になった。どなたもチャーミングな女性ばかりだったが、何よりの魅力は初々しさと、素人っぽさ! にあった。
 これは単なる私の推測だが彼女たちはたぶん編集要員としてではなく、書店員として入社されたのではないだろうか。
 そしてある日、突然「係」に指名され同僚間からは《哀れな生けにえの羊》を支えてやろうという気運が生まれ、彼女たちもまた初心で取り組んだ結果として生まれたのが、新鮮かつユニークなPR誌「書標」だったのではないだろうか。
 代々素人を起用し、周囲にそれを支えさせるという大胆なやり方が、「書標」の今日をあらしめている、と見るのは私の憶測・妄想なのだろうか。
 この間の本業の発展ぶりや店舗の全国展開などは、傍目にも凄いものがあったし、あの大震災にもめげなかった底力にも驚嘆させられた。震災の影響で2ヵ月間だけは休刊したが、さすがは「書標」で4月には早くも再刊を果たした。
 ところで私は、昭和52年以降毎年(私のベストテン選び)を続けていた。日頃からの乱読・多読に対応するために年末に一年間の読書生活を回顧・総括して、翌年に活かそうという狙いだった。
 「書標」に登場したのは昭和56年2月号からだったが、まさかそれが平成12年2月号に至る20年間も続くことになろうとは…。
 それだけに、そろそろ潮時かと考えて送った最終回の原稿・平成十一年度分に対して頂いた、当時の編集係Yさんからのお手紙の一節が、つよく心に沁みた。
 「編集を引き継いでからは、1月には村上様のお便りが届くのを楽しみに、また身勝手ながら当たり前のように思っていました云々」という文言だった。
 さもあらばあれ、よくぞあそこまで! 継続し得たのは「書標」に載せてもらうのだから、という励みやある種の使命感に後押しされたからでもあったろう。
 その後私は、ベストテン選びにも登場させた本の大半を含む3000冊余りの蔵書を郷里の図書館に寄贈し、一方では月刊『杉並発・読書通信』の発行を続けている。思えばその何れもが「書標」との出会いを契機としており、今更の如く出会いの不可思議さを痛感している。
 それにしても、いま日本の出版社や書店は、大変な危機に直面しているように思える。しかも問題は出版業界や書店にとどまらず、日本文化そのものの衰退とも関連しているから深刻である。
 今すぐにでも適切かつ基本的な対策を始めないことには、とんでもない事態を招いてしまうのではないだろうか。
 かって岩波茂雄さんは自らを『文化の配達人』と称して奮闘努力をされた。
 しかし、その対象が知識層や学生に限られていたのが如何にも残念でならない。
 そこで私が、ジュンク堂や「書標」に望みたいのは、全国的な支店網を活用して、地域社会や家庭の主婦層への働きかけを強化して頂きたいという点である。
 今の子どもは、本を読まなくなったとよく聞かされるけれど、そう仕向けたのは他ならぬ世の大人や親たちだったのではないだろうか。金儲け一辺倒の出版社と、書きまくる無節操な作家たち、それらの本に安易に飛びつく大人たちが今日の状況を招いた真犯人たちと言える。
 大人たちが殺人や暴力を売物にした小説やテレビに夢中になっていては、子どもたちの将来が心配である。読書の楽しさや喜びを知らないまま成人した人間が急に読書好きになるとは思えない。
 より多くのお母さんたちが、まともな本を読むようになれば、読書好きの子どもたちが増え、やがては活字文化の、ひいては日本文化のよき継承者になってくれるのではないだろうか。
 終りに、私が座右の銘にしている箴言を記しておきたい。
 《読書は充実した人間を作り、会話は機転がきく人間を、書くことは正確な人間を作る》(フランシス・ベーコン)



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