書標 2007.4月号
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「織田信長」

 『織田信長の経営塾』(北見昌朗著・講談社)という本を読みました。
 信長といえば、二千人足らずの軍勢で二万五千人を超える今川軍を破った「桶狭間の合戦」をまず思い出しますが、信長の本領は、決して一か八かの奇襲作戦にあったわけではありません。むしろその戦略は、「敵の数倍の兵力を揃えて勝てる状態を整えてから戦う」ことを基本とし、更には戦わずして勝つことを兵法の理想としていました。
 そのため、多士済々の人材を集め、能力・実績に応じて、積極的に登用しました。草履取りから天下人になった秀吉がその典型ですが、信長にとって、戦場で戦う勇猛果敢な武将だけではなく、敵の有力な家臣を味方に引き入れるための調略のできる交渉係、敵の情報を収集する人間、鉄砲を造る鍛冶屋、火薬を外国から輸入する商人も重要な人材でした。
 そして、登用した人材には、次々に過酷なばかりの働き場を与え、「手柄を立てれば分捕り放題」としました。その一方で、過去の功労者であっても実績を挙げることのできなかった部下は厳しく処断しました(佐久間信盛など)。
 「戦国の世は、動乱の時代だ。そんな時代は、みなが集まって多数決を取っても始まらない。大事なのは決死の覚悟だ。『人間五十年――』という精神で戦うほかない。だから下手な軍議など開く必要はない。」という信長は、「余の命令は絶対である」とする一方で「信長の指示に誤りがあるのを承知しながら、口先だけのうまいことを申し出てはいけない」とも要求したそうです。まことに仕えにくい限りですが、それができなければ家臣は評価されなかったのです。
 そう言えば……。
 3月10日の朝日新聞“be”で、われらが工藤恭孝社長は、「誤解されては困るけど」と断りながら、好きな人物は織田信長と語っていました。
 

 信長の凄さはどんなピンチの時でもヘコたれて弱気にならなかった点だ、と北見氏は言います。工藤社長もまさに然り。
12年前、阪神淡路大震災で店舗の殆どが壊滅的な被害を受けた時も、社長がいちばん元気でした。バイクに跨り、瓦礫の山となった神戸市内を駆け巡って、「大丈夫です。人間と違って建て直せばいいんです。」と。
 ジュンク堂書店のスタッフの皆さん、お客様に愛される店を目指して、気張りましょう。
 (大阪本店 福嶋聡)