トップページ > 出版社にお邪魔します 第1回 めこんの巻


「めこん」という出版社を知っていますか?
チベット高原からベトナムまで、東南アジアを南北に約4000km流れるメコン川。
その川から名前をとったこの出版社は、もちろん東南アジアの本が専門。
1978年にこの会社を立ち上げた桑原晨さんは、今も第一線で編集から営業までを一手に担っています。自らが海外青年協力隊でラオスに滞在した経験から、メコン川の流れを思い浮かべながら1冊1冊の本を送りだしてきた桑原さんに、創立から今の話を伺いました。

――まず、最新刊を紹介してください。


桑原 :この『おいしいベトナム料理』です。
 東南アジア専門の出版社だからこそのこだわりは、まず著者ですね。3人いて、ベトナム人の本職のコックさんと、ベトナム研究者夫妻という組み合わせです。ご主人の小高さんが研究者で、日本人とベトナム人のハーフ。その奥さんのホアさんは有名なベトナム美人で、日本でベトナム料理教室を主宰しています。
 小高さんは45歳と若い、新しいタイプの研究者で、『ベトナム検定』の監修もやっています。昔ながらの文献重視とはまた一味違ったタイプで、これから有名になっていくと思います。
 レシピはコックのナムさんと、ホアさん。そして、ベトナムの食文化やその歴史についての気軽に読めるエッセイを小高さんが書いています。
 実際にベトナムに行って、食べた人が作りたくなってほしい。そう思って作りました。
 食に関することも書いてあるし、ホーチミンとハノイとフエのどこの料理屋が美味しいなどの情報も書いてあります。


――日本でも手に入りやすい食材、調味料ですよね。


東南アジアの話をする
と目が輝く桑原さん

桑原 :そうです、今はかなり日本でも手に入りますね。上野、御徒町。そういう店も書いてあります。僕自身はタイ料理のほうが好きで、ベトナム料理はそんなにおいしいとは思わなかったのですが、この本を読んでいたら、自分がいかにベトナム料理というものを知らなかったかということがよくわかりました。(笑)
 ウチみたいな少部数しか刷らない出版社でも、無理すればオールカラーで2,000円というお値段で出せるようになった。この値段はかなり頑張っています!


――装丁も素敵です。


桑原 :でしょう?これは、水戸部功さん。早川書房の「ハヤカワ・ポケットミステリ」の新装丁で第42回講談社出版文化賞を受賞したばかりの、売れっ子なんですよ。
最近でも何冊か手がけていただいてます。この方は菊地信義さんの弟子なのです。菊地さんは基本的に弟子をとらないのですが、水戸部さんだけは特別だとか。


――菊地信義さんと言えば、装丁はもちろん、今の「めこん」のロゴも菊地さんが作ったのですよね。
  どんなご縁なのですか?


菊地信義さんが作ったロゴ

桑原 :会社が出来てからしばらくは、たまたまある著者と仕事場が隣だった縁で、戸田ツトムさんに装丁をお願いしていました。でも、全部を戸田さんにお願いするわけにもいかない。書店に行って、片っ端から棚を見てみたんです。どの本がステキかな?と。
 そうしたら、気に入ったものは戸田さんを除くと殆どが菊地さんの作品。10冊のうち、7冊は菊地さん。思い切って、電話で依頼しました。20年位前かな。まだ、それが可能な時代でした。
 1990年前後のあのころは、書店も出版も活気があったなあ。僕も若かったしね(笑)


――その、創草期のころで思い出に残っている本を教えてください。


桑原 :まだ取次(問屋)との取引もないころに作った、『中国・グラスルーツ』(西倉一喜著、現在は品切れ)です。1984年の大宅壮一ノンフィクション賞をいただきました。
 取次と取引のない出版社が大宅賞を受賞したのは、あとにも先にもありません。まだ10点も出していない頃だったかな。

中国・グラスルーツ

現在品切れ

 共同通信の組合の機関紙にガリ版刷りで書いた記事を本にしないかという話があり、引き受けました。まだ中国国内を自由に旅行できなかった時代なので、瞬く間に評判になった。本当に、パーッと売れたんですよ。
 受賞が発表になった次の日に会社に来たら、最大手の取次(トーハン)の仕入担当者が待っていて、1,000冊買い取りたいと言われましてね、それをきっかけに取引が始まりました。初版が3000部で、2万部まで売れたかな。
 あのころは、面白い本はみんな買うし、いくら難しい本でも、評判になったら自分で買った。今みたいに図書館に予約ではなくてね、本屋に行って自分で選んで買った。
 だから、本は売れるもんだという錯覚を持ってしまった(笑)。
 この『中国・グラスルーツ』は後に文春文庫になりました。


――今でもロングセラーで売り続けている本を1冊挙げるとしたら?


メコン

税込2,940円

桑原 :昨年急逝された石井米雄先生と作った『メコン』です。重いでしょう?一番良い紙を使ったからです。良い紙はおなじ厚みでも、ずっしりと重いんですよ。1994年、うちの100点目の本です。石井先生の紀行文と、写真家横山良一さんによるメコン川の写真集が両開きで楽しめる仕掛け。
 これは、5000部作って、今度頑張って重版しようとしています。
 ぼくも一緒に、石井先生とラオス南部のメコン川を下ったんです。本当に素晴らしい方で、東南アジア研究の大御所なのですが気詰まりな所がなく、心底楽しかった。
 雲南からミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナム、そして南シナ海。どこを読んでも、その歴史的背景と、今現在人々が生きている喧噪、なにもかもを包むようなメコンの悠然とした流れをしっかりと味わっていただけると思います。
 お前、趣味でやっているのじゃないかと言われたりもするのですが、断じて違う(笑)。
 ただ、やっぱり「いい」と思って出したものが普通に売れればいいんですが…往々にして売れない。この本も15年かけてやっと5000部を売ることができました。本当に自分の出したいものと、採算。その塩梅がものすごく難しい。


――記念すべき100点目はメコン川についての本にしようって、決めていたのですか?


桑原 :ええ(笑)そうなんです。ちょうど上手くいきました。

タイ仏教入門

税込1,890円


――石井先生とのお付き合いは、メコンを立ち上げてからですか?


桑原 :いえ、少し後です。1991年に『タイ仏教入門』という本を出したのが最初でした。
 僕自身、年上の人で尊敬する人はあまりいないのですが、石井先生のことは心から尊敬しています。亡くなる直前まで、一緒に本を作っていた。その遺作を出版することが年内の目標です。


――その本の内容、是非教えてください。


桑原 :「王様と私」という映画がありますが、その王様のモデルになったラーマ4世の話です。ラーマ4世が子供たちの家庭教師にアンナという女性を雇ったのは事実ですが、この王は映画で描かれているような、教養がなく西欧文化を何でもかんでも有難がっていたような人物ではない。深く仏教に帰依しながら、広く世界の情勢に通じ、タイという国の基礎を作った非常に開明的な人なのです。この映画は、タイでは「王室を侮辱する内容だ」として上映禁止になっています。
 実は、ラーマ4世はフランス人の神父と親交がありました。王は神父からラテン語や西欧の科学などを学び、神父は王からパーリ語を学びます。交換教授です。そして神父はタイにキリスト教を広めようとしたが、結局は果たせない。かたやラーマ4世は、タイに初めて写真技術を取り入れるなど、西洋の科学をちゃんとモノにしているのですよ。そのあたりの話が面白い。

デスクの前には、石井先生
の写真がいつでも飾ってある

 石井先生が亡くなる前年に第一稿はいただいていました。でも、石井先生が書くと時代の背景とか自分が当たり前に思う事は書いていない。先生には自明でも、読む人にとっては19世紀の日本と東南アジアや、ヨーロッパとの関係や背景など、そうそう分かるものではありません。日本でいうと、当時は江戸時代の末期から明治維新。坂本竜馬の時代です。その頃の揺れ動く時代背景が、僕だったら知りたい。
 もう一つ、神父が西欧の知識とひきかえにキリスト教を布教しようとするけれど、仏教に敵わなかった。そこは、タイにおける仏教の知識がないと読んでもわからないと思うんです。だから、背景を書きこんでほしいとお願いしました。
 その部分をかなり書いてくださって、またさらに手を入れている途中に亡くなられたのです。
 分量的には、本にして100ページくらいですが、タイ専門の飯島明子先生が解説を書いてくださることになり、予定通り行けば、来年初めには出せると思います。タイトルは、石井先生と生前から決めていた、『もうひとつの「王様と私」』です。


――素敵なタイトルですね。刊行を楽しみにしています。
  歴史に拘る思いというのは、設立の時の気持ちに繋がっているのですか?


ミャンマー概説

税込7,350円

桑原 :それほど大げさなものでも無いのですけれど。
 東南アジアの歴史書はとても少ないのです。各国史になると殆ど無い。部分的なもの、調査文献はあるけれど、読み手のことを考えて書かれたものがありません。
 一般読者としての自分が読みたいものは、幅の広いもの、日常生活に引きつけて書いたもの、歴史書、概説。でも、それが無い。
 だから、何とかして自分の手で出していかないと、と思っています。
 とはいえ、1点に時間がかかって大変です。『ミャンマー概説』は6年ががりで、ミャンマーの政治・外交・経済に加えて、連邦を構成する主要8民族固有の歴史・政治・経済・社会・文化を、20人以上の著者にガッチリと書いていただきました。
 これ以上のミャンマーに関する本は日本に無い、と自負しています。以前出版した、『ラオス概説』(現在品切れ)も同じです。

ラオス史

税込3,675円

 また、例えば今、歴史関連の中でも「通史」というものが出ていない。本当の必要なもので出せていないものが、まだまだあるという気がするのですよね。
 昨年出した『ラオス史』のようなもの。カンボジアも、ミャンマーも、タイの通史だって日本ではないんですよ。フィリピンも、インドネシアも。
 通史などは何年たっても内容が陳腐化することは無いですから、時間をかける甲斐もある。その分、ペイできるまでの時間も壮大なのが悩みどころです。


――アジアの本自体を、お客さんが手に取らなくなっているのでしょうか?
  韓国ブームなどもあり、アジアの人気は今こそ強いと思うのですが。


桑原 :現実に行く人は増えています。タイは、今年は震災の影響で減りましたが、今や年間100万人以上の日本人が訪れている。最近の実感としては、言語を学ぼうとする人が増えたこと。

 タイ語も、20〜30年前は学ぶ人が少なかった。今では信じられないくらい、読み書きできる人も増えた。だから、語学の本は安定しています。逆に、言語以外の面で、歴史や小説などからその国について勉強しようとする人が減った印象があります。
 今、ウチの刊行物で安定して人気の本が『挫折しないタイ文字レッスン』というのもその象徴のように思います。タイ語の読み書きをやろうなんて人、昔はそうそういませんでしたよ。ハングルもそうですよね。時代が変わっていっているのは間違いありません。


――語学だけでなくて、検定のテキストも出されているのですね。


桑原 :そうなんです。ASEAN検定シリーズとして、ベトナム・インドネシア・タイの検定が始まったことは僕にとっても非常にうれしいことで。テキストの売れ行きは、タイが圧倒的に人気で、ベトナム、インドネシアという順番です。
 実はタイ検定を自分でも受験してみたんですよ。でも、100点取れなかった!90点でした。会場は三軒茶屋の昭和女子大でしたが、すごい人、すごい熱気。大学受験と全く同じです。道行く人がみんなテキストを持っていて、教室でも試験直前までテキストを見ている光景に、作り手としての責任を感じました。待ち時間にもずっとテキストを見ているんですよ。ドキドキしました。

ベトナム検定

税込2,100円

インドネシア検定

税込2,100円

タイ検定

税込2,100円


――最後に、アジアの本のビギナーが読んでみたい場合のおすすめ本はありますか?


桑原 :『タイ鉄道旅行』『シルクロード路上の900日』『バンコクバス物語』ですね。
 旅行記が一番読みやすいし、おすすめです。うちのは結構どれもマニアックですけれども。汽車もバスも、人々の暮らしが密接に見えるから、この本を読んで東南アジアの光景が浮かび、行きたくなって下されば嬉しいですね。

タイ鉄道旅行

税込2,625円

バンコクバス物語

税込1,890円


30年以上、東南アジアを日本に紹介する本を丁寧に送り出してきた桑原さん。
その情熱が無ければ、日本で『ミャンマー概説』はきっと出なかった。まさに、唯一無二の出版社です。
書店の店頭でめこんの本を見かけたら、この桑原さんの眼差しを思い出して手に取って下さい。