書標 2006.8月号
今月の表紙 歳時記〈8月〉 著書を語る 特集「落語」 書標・書評
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落 語



 昨年、宮藤官九郎脚本のドラマ「タイガー&ドラゴン」が放映されて以来、落語ブームが起こっている。関西ではこの9月に、大阪の天満に、上方落語協会の戦後初の寄席定席・「天満天神繁昌亭」がオープンする。関東でも、東京の5軒の寄席はいずれも盛況続きである。また7月15・16・17日に東京銀座で行われた今年で3回目の恒例行事となった「大銀座落語祭」は、多彩な公演内容で発売当日にチケットの売り切れが続出する大盛況であった。
 このように落語が再び脚光を浴びている中で、関連書籍もここ一年で膨大な数が出版された。今回の特集では、落語入門者向きの本から、落語全体を展望できる本まで幅広く紹介していきたい。

落語入門書

 まず落語に触れたことが無い方のための入門編ガイドとしてお勧めなのは、『きく知る落語』(JTB・2,300円)と『落語ワンダーランド』(ぴあ・2,415円)と『みんなの落語』(学研・1,890円)の3冊である。3冊共に、古典落語の演目紹介、落語界のシステム、寄席・落語会の紹介、お勧めの噺家・CD紹介、そして付録の落語CDと細かい所まで目の行き届いた甲乙付け難い編集である。『きく知る落語』は、東西の落語界についての紹介が詳細。名古屋唯一の寄席・大須演芸場も取り上げられているのが嬉しい。『みんなの落語』は、東京の噺家の修業について写真入で解説されており、また、新作落語も含めた、寄席傑作落語九十席の演目解説がユニークだ。『落語ワンダーランド』は、みうらじゅんインタビューや東京の寄席デートガイドが載っており、さすがぴあの編集だと思わされる。

 白夜書房から季刊で刊行されている演芸ムック・『笑芸人』の別冊『落語ファン倶楽部Vol・1』(各2,000円)も充実した内容である。Vol・1には春風亭昇太・宮藤官九郎、立川談志・志の輔師弟の対談、桂三枝が上方落語界の将来について語る対談、三遊亭圓楽インタビューを含めた「笑点」特集など、こちらも幅広いファン層が楽しめる一冊だ。

 落語は聴いてみたいけれどどこから入っていいのか分からない……という方には『はじめての落語』(春風亭昇太著・東京糸井重里事務所・2,300円)がお勧め。この本には大人気サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」が主催した落語会の模様を収録したCDが附属している。昇太のハイテンションで破壊的な新作落語・登場人物が躍動的で現代感覚溢れる古典落語は唯一無二の存在で初心者にも親しみやすい。

 『落語と私』(桂米朝著・文春文庫・440円)は、子ども向けの入門書として書き下ろされたものだが、米朝の博識を生かした示唆に富んだ入門書となっており初心者にもお勧め。落語の細かいテクニックについて丁寧に説明しているのも学究派の米朝らしく親切である。昨年には小沢昭一の跋文を付した新装版も刊行されている(ポプラ社・1,365円)。

 『今夜も落語で眠りたい』(中野翠著・文春新書・788円)は、落語を「最終娯楽」と呼ぶ著者の、愛情溢れるエッセイ集。古典落語の世界の魅力を、著者が惚れこんだ古今亭志ん生、桂文楽、古今亭志ん朝の三名人の高座を中心に親しみ易い文体で紹介している肩の凝らない一冊。
 落語に親しむには、もちろん高座を見るのが一番であるが、まず古典落語の筋を知りたいという方には、速記本がお勧めである。現在入手可能なものでは、『古典落語 正』(興津要編・講談社学術文庫・各1,313円)、『落語百選 春』(麻生芳伸編・ちくま文庫・・903円 ・924円 ・998円)、その続編の『落語特選 上』(麻生芳伸編・ちくま文庫・各924円)があり、古典落語の代表作は上記の書籍でほとんど網羅することが出来る。『落語百選』は、先代金原亭馬生の挿絵が味わい深い。

 子ども向けの落語本も多数出版されている。『林家木久蔵の子ども落語』(林家木久蔵著・フレーベル館・全6巻・各巻1,575円)、『おもしろ落語図書館』(三遊亭円窓著・大日本図書・全10巻・各巻1,835円)、『おもしろ落語ランド 新版』(桂小南、ひこねのりお著・金の星社・全3巻・各巻1,260円)、『きみにもなれる落語の達人』(桂文我、東菜奈著・岩崎書店・全5巻・各巻1,365円)と、イラスト入りで分かりやすく落語に親しむことの出来る本揃いである。『五分で落語の読み聞かせ』(小佐田定雄著・PHP研究所・全3巻・各1,260円)も、子ども向けにアレンジされた落語絵本。筆者は桂枝雀の新作落語などを手がけている演芸作家。赤ちゃんの頃からこの本で読み聞かせをすれば、将来は立派な落語ファンに成長すること間違いなし。

 教育テレビで放映中の「にほんごであそぼ」の影響で、小学生の間で「じゅげむ」ブームが巻き起こったのは記憶に新しい。その仕掛け人・齋藤孝の「じゅげむ」関連の子ども向き絵本には、『寿限無』(ほるぷ出版・1,260円)、『声に出して読みたい日本語 5 ややこしや寿限無寿限無』(草思社・1,050円)がある。

 一方で、子ども向けの落語絵本シリーズを描き続けているのが川端誠である。クレヨンハウスから現在第10巻まで発表されている(各1,260円)。古典落語を子どもに分かりやすいように現代的に巧みにアレンジしており、例えば『いちがんこく』では見世物をテレビに置き換えるなどの工夫が凝らされている。
 家庭で気軽に落語を楽しむにはCDがうってつけである。しかし落語のCDは夥しい数が発売されており、最初に何を聞いたらよいのか、膨大すぎて選ぶのに迷ってしまう。そんな時に便利なのが、『落語CD&DVD名盤案内』(矢野誠一・草柳俊一共著・だいわ文庫・980円)。古典落語のあらすじと、各演目のCD・DVDの中で特筆すべき名盤について懇切に解説している。その紹介枚数は厳選に厳選を重ね、それでも何と660枚に上る驚異的な枚数である。各演者の個性の違いについても丁寧に解説されており、広くお勧めのガイドブッグである。

 以上の書籍を読んで、落語を実際に聞きたくなったら、「東京かわら版」(毎月28日発行・350円)を手にとってみよう。「東京かわら版」は、東京を中心とした関東圏の落語会情報を扱った唯一の情報誌である。1年365日、東京では必ず落語会が開催されているのを御存知ない方も多いのではないだろうか。他にも山下達郎・菊池成孔・さとう珠緒などの豪華執筆陣が登場する巻頭エッセイ、旬の芸人のインタビューなど、落語界の今を知るには絶対に欠かせない必須アイテムである。

 また東京かわら版の別冊『寄席演芸年鑑』は、東京の落語界の1年間を豊富な企画とともに振り返る興味深い読み物である。特に今年の2006年版は、東京の落語・浪曲・講談の全ての芸人の経歴と写真を紹介した、演芸ファン必携のガイドである。



落語の歴史・評論

 落語の歴史に関する書籍は多数あるが、『図説落語の歴史』(山本進著・河出書房新社・1,890円)がお勧め。「図説」の名の通り貴重な写真や資料が満載で、初心者から研究者まで満足できるレベルの高い内容となっている。

 落語評論書としてまず挙げたいのは『現代落語論』(立川談志著・三一書房・893円)である。談志の処女出版であるが、古典落語の分析や落語が現代に生きるための方法論には類書を引き離した鋭さがある。「人間未来を断言することはできても想像することはできないだろうが、落語が能と同じ道をたどりそうなのは、たしかである」という談志の問題提起は今になっても重い。続編の『あなたも落語家になれる』(三一書房・2,100円)は、談志が落語協会を脱退し落語立川流を創設した直後の著書で、落語界に対する失望と舌鋒の鋭さは益々増してきている。

 談志の弟子の立川志らくの『全身落語家読本』(新潮選書・1,365円)は古典落語こそ日本最高のエンタテインメントだと力説する志らくの情熱が伝わる一冊。ルビの振り方や論理展開が談志に似ているのはさすが師弟である。同じ志らくの『志らくの落語二四八席辞事典』(講談社・1,575円)は、『全身落語家読本』の副読本的存在。

 上方落語界の学究派の代表は桂文我である。落語界有数の演芸コレクターとしても著名な文我は、昔の速記本を参照して、埋れた上方落語の珍品を復活させる試みに挑戦している。その研究の成果は『復活珍品上方落語選集続々』(燃焼社・各4,200円)に結実している。

 落語評論の中で特に刺激的なのが、『大落語 上』(平岡正明著・法政大学出版会・各2,415円)である。平岡の評論は、独自の言語や論理の飛躍が頻出するが、従来の落語論とは異なった独特の魅力があり引き込まれる。最新刊の『志ん生的・文楽的』(平岡正明著・講談社・2,940円)は続編に当たる評論で、独自の落語解釈はますます冴えわたっている。今まで古典落語とダダイズム詩の高橋新吉を結びつけようとした評論家など皆無だったろう。その一種奇想的な発想力の噴出には瞠目させられる。







さまざまな速記本
 
 この項では、過去・現在の落語家の高座を速記した本について触れて行きたい。口承芸術である落語の特質上、高座そのままを活字化するのは大変に難しい作業である。高座の雰囲気を損なわないように表現した物、読み物として完全にアレンジされている物と種類は様々である。

 現在落語速記本を最も多く出版しているのがちくま文庫である。『志ん生の噺』(古今亭志ん生著・小島貞二編・全5巻・各924円)、『古典落語文楽集』(桂文楽著・飯島友治編・945円)、『古典落語圓生集 上』(三遊亭圓生著・飯島友治編・各903円)など昭和の名人達から、『桂米朝コレクション』(桂米朝著・全8巻・各924円)、『志ん朝の落語』(古今亭志ん朝著・全6巻・各998円)、『桂枝雀爆笑コレクション』(桂枝雀著・全5巻・各945円)まで、高座姿が眼の前に浮かぶような本揃いである。

 落語速記本の中で古典的な地位を占めているのが、『わが落語鑑賞』(安藤鶴夫著・ちくま文庫・1,155円)。桂文楽・桂三木助などの名人の口演速記に、仕草や言葉の強弱などの注記を付け、高座姿を忠実に表現した初の速記本で、昭和24年の発刊の時は衝撃をもって迎えられた名著である。端書の文章も味わい深い。

 戦後の上方落語を支えてきた大黒柱の一人・桂米朝の演目を集大成したのが『米朝落語全集』(桂米朝著・創元社・全7巻・1、2、4、6、7巻各3,059円・3、5巻各3,360円)。過去の演目の復活上演など、現代上方落語界に米朝が及ぼした影響は大きい。演目の詳細な解説も魅力である。米朝の落語・演芸に関する含蓄の深い随筆・座談は、『桂米朝集成』(桂米朝著・豊田善敬・戸田学編・岩波書店・全5巻・1〜3巻各3,570円・4巻3,990円)、『桂米朝座談』(桂米朝著・豊田善敬・戸田学編・岩波書店・全2巻・各2,625円)に纏められている。

 米朝が戦後上方落語の代表格ならば、戦前上方落語界で最も有名な噺家といえば爆笑王と呼ばれた初代桂春団治である。現・笑福亭仁鶴は、春団治のレコードを聴いたのがきっかけで落語に興味を抱いたそうだ。その春団治の遺したレコードを速記した集大成とも言うべき本が『初代桂春団治落語集』(東使英夫編・講談社・2,520円)。擬音語・擬態語を多彩かつ効果的に用いた語りと、ナンセンスの連発は今でも十分に楽しめる。「チャブーチャブーズルベチャ」「ズッカラガッチ」などの奇妙な擬態語が何を表現しているのかは、実際に本書をご参照下さい。

 初代快楽亭ブラックは、明治中期から大正初期にかけて寄席で活躍したイギリス出身の生粋の外国人。外国訛りの強い不思議な新作落語を数多く残しており、その中には外国を舞台とした探偵小説もありマニア垂涎の的となっている。その初代ブラックの幻の速記が昨年ついに復刻された。『明治探偵冒険小説集 2 快楽亭ブラック集』』(伊藤秀雄編・ちくま文庫・1,365円)である。連続物形式は三遊亭円朝の「牡丹燈籠」「真景累ヶ淵」等と共通するが、円朝と比べるとブラックは荒唐無稽な噺ばかりで却って面白い。

 当代の2代目快楽亭ブラックは、過激な落語に定評がある。その速記を集めたのが『快楽亭ブラックの放送禁止落語大全』(快楽亭ブラック著・洋泉社・1,785円)。まずは付属のCDを聴いて欲しい。世の中のありとあらゆるタブーをぶち破り、半端でないほど下ネタも取り入れられている破壊力満点の古典改作落語は、拒否反応を示すか中毒になってしまうかのどちらかであろう。



落語家本人の著作・個人論

 落語家には名文家が多い。まず挙げられるのが戦前戦後に亙りラジオ・レコードで絶大な人気を博した3代目三遊亭金馬である。金馬の著作『浮世だんご』(つり人社・998円)は、明晰で分かり易い高座を偲ばせる流麗な文章で芸論や雑学について綴る一級品の随筆である。趣味の釣りの話も楽しい。
 当代の4代目金馬も、芸歴65周年を迎えた今年、『金馬のいななき』(朝日新聞社・1,995円)を出版した。今や戦前入門の数少ない落語家である金馬の師匠の思い出、NHK「お笑い三人組」で売り出した時代等のエピソードが興味深い。

 6代目三遊亭圓生の『明治の寄席芸人』(青蛙房・3,675円)は、明治27年の「三遊社一覧」に記された噺家についての記録に圓生の追想による人物紹介を添えた物で史料としての価値も高い。文章は芸風と同じく端正である。自伝『寄席育ち』(青蛙房・3,675円)と並ぶ圓生の代表的著作である。
 8代目桂文楽ももはや伝説の名人である。ネタ数は少ないものの、無駄を極限まで削ぎ落とした芸は全てが一級品と呼ばれた。文楽の自伝には『あばらかべっそん』(ちくま文庫・945円)がある。『べけんや わが師、桂文楽』(柳家小満ん著・河出文庫・788円)は、弟子から見た名人文楽のプライベートの姿や芸への厳しさを垣間見ることが出来る貴重な読み物である。なお「あばらかべっそん」「べけんや」という不思議な言葉は、八代目文楽の口癖だったそうだ。

 文楽と並び称された名人が古今亭志ん生である。志ん生の自伝には『びんぼう自慢』、『なめくじ艦隊』(共にちくま文庫、前著・924円・後著・693円)がある。文楽と対極的な破天荒な芸風を偲ばせる芸談・珍談の数々に溢れている。家賃がただの代わりになめくじが大量発生する長屋に住んでいた時代の貧乏話は強烈の一言である。

 志ん生の生涯を追うには、『志ん生一代 上』(結城昌治著・学陽人物文庫・・861円・・924円)が落語家の伝記小説としては比類無い力作でお勧め。

 志ん生の芸を偲ぶのに格好のDVDブック全集が講談社から発売されている(『志ん生復活! 落語大全集』全13巻・各巻5,565円)。残存数の少ない志ん生の高座映像が4席収録されているのが貴重。他の落語は音声のみの収録で、画面は写真で構成されている。
 志ん生の愛弟子・古今亭圓菊の『背中の志ん生 落語家圓菊師匠と歩いた20年』(うなぎ書房・1,890円)は、志ん生が脳出血で倒れた後、最も献身的に介護をした弟子・圓菊から見た志ん生の回想譚。師弟愛の深さは、時として親子の愛情を越えることがあると実感させられる感動的な一冊である。
 志ん生の次男で、昭和後期・平成時代を代表する名人・古今亭志ん朝の対談を集成したのが『世の中ついでに生きてたい』(河出書房新社・1,890円)。あまり自分自身のことを語らなかった志ん朝の貴重な肉声集である。

 落語界初の人間国宝・5代目柳家小さんの『抱腹絶倒 小さんの昔ばなし 改訂新版』(冬青社・2,345円)は、入門から小さん襲名までを語り下ろした、タイトル通り抱腹絶倒の半生記である。2・26事件に一兵卒として参加した話、出征して仏印で辛苦を舐めた話なども、小さんが語ると全て爆笑エピソードに変わるのが不思議である。

 『はなしか稼業』(三遊亭円之助著・平凡社ライブラリー・1,050円)は、三遊亭小円朝門下で嘱望されながら早世した噺家の遺稿集。地味だが堅実と評された芸風その儘の随筆は、一篇一篇が凝縮された味わいのある名品ばかりである。

 上方落語の歴史を音で振り返ることが出来るのが『CDブック 栄光の上方落語』(角川書店・19,800円)。朝日放送が50年に亙って主催している「上方落語をきく会」の中から、指折りの名演を選んだ10枚組のCDに、戦後の上方落語の歴史・上方落語の名所探訪など充実した内容の260ページに及ぶ解説本が付属している。CDは全て未発表のライブ録音であるが、特筆すべきなのは6代目笑福亭松鶴の絶好調の時期の高座と、ゲスト出演した東京の名人(志ん生、文楽、痴楽)の高座が収録されている点である。松鶴の「らくだ」は69分の熱演で、落語ファン必聴である。

 その6代目笑福亭松鶴は、いまだに伝説的に語られる戦後上方落語界の大看板である。豪放磊落なようで緻密に計算された芸には圧倒的な存在感があった。その松鶴の五番弟子の笑福亭松枝が、修行時代から松鶴の死に至るまでの一門のドラマを描いた好著が、『ためいき坂くちぶえ坂』(浪速社・1,529円)である。松鶴の噺通りの豪放な性格、個性豊かな弟子たちと繰り広げる珍エピソードの連続は小説の如く面白い。松鶴の体臭が感じられるような1冊である。

 『六世笑福亭松鶴はなし』(戸田学編・岩波書店・3,360円)は、松鶴の芸・人物について、桂米朝、桂文枝、桂春団治の大ベテラン3人へのインタビュー(仲間しか知りえない秘話が貴重)、本人の生前の対談や松鶴襲名当時の資料などを並べて多角的に分析している。

 昨年他界した、戦後上方落語界の四天王の一人・桂文枝の自伝には『あんけら荘夜話』(青蛙房・2,940円)がある。文枝のはんなりとした大人の風格を漂わせた芸風の源を知る事が出来る。

 1999年に惜しまれつつ亡くなった桂枝雀の生涯を追った本が『笑わせて笑わせて桂枝雀』(上田文世著・淡交社・1,575円)。枝雀の天衣無縫な爆笑落語の裏にあった芸に対する苦悩を、親交の深かった著者が描く。写真も豊富である。その枝雀の芸を徹底分析しているのが『哲学的落語家!』(平岡正明著・筑摩書房・2,310円)。枝雀ファンには御馴染みの「代書」の登場人物・松本留五郎が何物かを真摯に解釈する一章など、知的好奇心を擽られる内容である。

 落語本中心の貴重な出版社にうなぎ書房がある。東京のベテラン落語家の聞き書きを中心に出版活動を行っている。特に『十代文治噺家のかたち』(桂文治著・太田博編・2,100円)は、長い芸歴と人気がありながら自伝が無かった桂文治の貴重な聞き書きとなっている。


芸人たちの群像

 芸人の魅力は、世間から逸脱した破茶滅茶な生き方を見せてくれる点にもある。そんな異色の芸人達の姿を描いた好著を紹介したい。『天下御免の極落語』(川柳川柳著・彩流社・1,890円)は、自作の新作落語で、75歳の現在でも寄席の爆笑王として活躍中の落語家の自伝。客受けは絶大でありながらなぜか師匠三遊亭圓生に疎まれ、昭和53年の落語協会脱退騒動に巻き込まれ破門、柳家小さん門下に移る波乱の人生が描かれているが、読後感が爽やかなのは筆者の陽性の性格のせいか。末尾にはとっておきの自作の艶笑落語が4篇収録されている。

 上方落語界の異色芸人と言えば、真先に挙げられるのが月亭可朝である。カンカン帽を被ってのギター漫談で一世を風靡したかと思えば、参議院全国区に立候補して落選、果ては仏壇のお灯明が倒れて家が全焼するなどの波乱の人生を書いた自伝が『真面目ちゃうちゃう可朝の話』(鹿砦社・1,260円)である。

 前記の川柳川柳と月亭可朝も登場するのが『完本・突飛な芸人伝』(吉川潮著・河出文庫・966円)。異色芸人20名のエピソードを取り上げた1冊である。ご飯にアリナミンをかけて食べた祝々亭舶伝、酒の為に才能を持ちながら破滅的な最期を遂げた春風亭梅橋……などなどの芸人たちの奇行の数々と凄絶な生き様には圧倒されるばかりである。

 立川談志が、同時代を生きた名人・仲間達について描いたのが『談志楽屋噺』(文春文庫・540円)。芸を愛しながら、道半ばにして倒れていった仲間について触れる時の談志の筆は哀惜の想いと愛情に満ちている。続編に当たる本には『立川談志遺言大全集14 芸人論2 早めの遺言』(講談社・3,990円)がある。戦後の寄席芸人論として秀逸な一冊。談志が長年撮り貯めた芸人の写真も、芸人の素顔を覗くことが出来、魅力的だ。


落語の小説・作家の落語

 落語をテーマとした小説は数多い。古いものでは『小説圓朝』(正岡容著・河出文庫・924円)がある。作家・演芸評論家として活躍した筆者の明治懐古趣味が色濃く現れた名著。

 異色の存在としては「落語も出来る小説家」立川談四楼がいる。『ファイティング寿限無』(ちくま文庫・819円)は、二つ目噺家がプロボクサーに挑戦する痛快な作品。『大書評芸』(ポプラ社・1,890円)は、談四楼の批評家としての眼が冴えわたる412ページもの大冊。
 ミステリにも落語家が登場する。北村薫の春桜亭円紫シリーズは特に人気が高い。円紫と女子大生の「私」が活躍する連作短篇集には『空飛ぶ馬』(創元推理文庫・609円)『夜の蝉』(創元推理文庫・504円)などがある。『笑酔亭梅寿謎解噺』(田中啓文著・集英社・1,890円)はミステリ色も織り込みつつ娯楽小説として昇華された異色作。

 『しゃべれどもしゃべれども』(佐藤多佳子著・新潮文庫・620円)は、落語教室を開いた若手落語家と生徒達が巻き起こす珍騒動。国分太一主演で映画化されることが決定している。

 少女マンガにも落語をテーマにした『え〜カミさんを一席』(星野めみ著・講談社漫画文庫・全2巻・各714円)がある。若手真打・三桜亭梅若と妻・たま子の織りなす感動的な物語。7月には続編の『帰ってきたえ〜カミさんを一席』(講談社・450円)が刊行された。

 落語台本を書いている作家は、宇野信夫、星新一、小松左京、田辺聖子、筒井康隆、山田洋次、平田オリザ、鈴木聡と数多い。作家の落語で現在入手可能な書籍としては『らも咄』(中島らも著・角川文庫・504円)、続編の『牛乳時代』(中島らも著・角川文庫・483円)がある。いずれも毒気と洒落っ気を兼ね備えた作品揃いで完成度が高い。先日マキノ雅彦監督で映画化された『寝ずの番』(中島らも著・角川文庫・420円)は、上方落語界の重鎮、笑満亭橋鶴のいまわの際の一言から巻き起こる大騒動を描いた小説で、中島らもの落語への愛着ぶりが偲ばれる作品である。

 落語は伝統芸能だが決して敷居の高い芸能ではない。はまってしまえば汲めども尽きぬ泉のような魅力を持った世界である。この夏、皆様もこの魅惑の世界に足を踏み入れてみませんか。