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『ダ・ヴィンチ・コード』(ダン・ブラウン著・角川書店・上下巻各1890円)は、世界中でベストセラーとなったミステリー小説である。最近、文庫本化され(角川文庫・上中下巻各580円)、映画も公開されて、日本でもより多くの人が知るところとなった。 本書は、宗教象徴学者である主人公ロバート・ラングドンが、ルーブル美術館館長ジャック・ソニエールのダイイング・メッセージを手がかりに、その孫娘ソフィー・ヌヴーとともに聖杯伝説を追うという物語である。その背景には、キリスト教異端思想にまつわる女神崇拝や秘密結社の謎がちりばめられている。もちろんフィクションなのだが、はっきりそうと断言できない面白さがこの小説にはあり、それが人々の関心を惹くのだろう。陰謀や謎を好む人々はそれをさらに煽り、正統なキリスト教団体はこれに猛烈な反論をしている。両方の立場から多くの関連本、反論本が出版されている。実際に売り場を見てみても、『ダ・ヴィンチ・コード』のある文芸書売り場は当然のことながら、キリスト教書の新刊台までそういった書籍で埋め尽くされている。それだけ世間でも関心が高まっているのだろう。以下ではそういった関連本、反論本を紹介しつつ、『ダ・ヴィンチ・コード』が掘り出した謎に迫っていこう。
ダン・ブラウンは『ダ・ヴィンチ・コード』の物語を通して、キリスト教会によって異端であるとされている事柄は、実際はキリスト教会によって隠蔽された紛れもない事実であると主張しているようである。その事実については、ブラウンが最重要視した参考文献である、 『レンヌ=ル=シャトーの謎―イエスの血脈と聖杯伝説』(マイケル・ベイジェント、リチャード・リー他著・柏書房・5040円)に書かれている。本書の主張は以下の通りである。イエスが弟子の一人であるマグダラのマリアと結婚し子を生した。イエスの死後南フランスに逃れたマリアによってイエスの血脈が後世に伝えられることとなる。そしてこの血脈を守ったのがテンプル騎士団であり、シオン修道会であった。イエスの血脈はフランスの基礎となる王国、メロヴィング王朝へと継承されたという。レンヌ・ル・シャトーの地にこの伝説が封印されていたのである。最近、著者ベイジェントらが、盗作されたとして著作権侵害でブラウンを訴えたことでも話題になった。なお『ダ・ヴィンチ・コード』の登場人物である聖杯研究家の書棚に本書が並べられていることも見逃せない。『ダ・ヴィンチ・コード』において、イエスと結婚したと語られているマグダラのマリアについて掘り下げてみよう。マグダラのマリアは新約聖書の福音書にも登場する女性で、悔悛した娼婦、罪深い女性にして聖女という、様々な面を持っている。『マグダラのマリア』(岡田温司著・中公新書・840円)にも書かれているように、彼女の描かれ方は福音書によって異なる。マグダラのマリアに対するイメージの振れ幅はきわめて大きい。だからこそ、『レンヌ=ル=シャトーの謎』にみられるような、イエスと結婚しその血脈を伝えたという解釈も生まれるのだろう。ブラウンも『ダ・ヴィンチ・コード』において、この解釈を用いて物語を進めていく。 彼女に関してブラウンが参考にしている文献が他にもある。それが『マグダラとヨハネのミステリー』(リン・ピクネット著・三交社・2100円)であり、『レンヌ=ル=シャトーの謎』と同じく登場人物の書棚に並べられている。本書は『ダ・ヴィンチ・コード』の中で主人公がレオナルド・ダ・ヴィンチ作の「最後の晩餐」に対して行う象徴的な解釈の元となっている。『ダ・ヴィンチ・コード』にはマグダラのマリア以外にも様々な謎がちりばめられている。特にダ・ヴィンチの絵画にまつわる謎が、物語の鍵を握る暗号として用いられている。ダ・ヴィンチのみならず、数々の西洋絵画に秘められた異端思想の象徴的な暗号を読み解くのが、『シンボル・コードの秘密』(ティム・ウォレス=マーフィー著・原書房・1890円)である。『ダ・ヴィンチ・コードの謎を解く』(サイモン・コックス著・PHP文庫・680円)は、それらの謎を細かく取り上げている。ここから、各人が興味をもったテーマを掘り下げていくと面白いのではないだろうか。
『ダ・ヴィンチ・コードの「真実」』(ダン・バースタイン編・竹書房文庫・680円)はブラウンを好意的に評価しながらも、題材の全てが事実に基づいているとしている点には異論を唱えている。また『ダ・ヴィンチ・コード実証学』(マリ・フランス・エトシュゴワン他著・イーストプレス・1575円)では、著者らが『ダ・ヴィンチ・コード』でブラウンが事実だとしている事柄のウラをとるべく詳細な取材を行った。結論としては扱われている素材の中には事実も含まれているとしながらも、物語をよりスリリングにするためにその事実を捻じ曲げて書いているとしている。 『ダ・ヴィンチ・コード』はブラウンが創作した小説なのだから、重箱の隅をつつくように誤りを正していけばきりがない。ただ彼は、これまで人々の間でささやかれていた、イエス、マグダラのマリア、秘密結社、ダ・ヴィンチの絵画にまつわる謎についての議論を再燃させた。世界中の人々を虜にするミステリーを通して、人々にそれらの事柄について再考するきっかけを与えたことは評価されていいようだ。こうした『ダ・ヴィンチ・コード』についての評価はこの二冊に共通している。 一方で、反論本も出版されている。邦訳されているものはまだ少ないが、ここで紹介しておこう。 『「ダ・ヴィンチ・コード」その真実性を問う』(ハンク・ハネグラフ他著・いのちのことば社・1000円)は「イエスとマグダラのマリアの結婚説」に反論する。本書は、『ダ・ヴィンチ・コード』がフィクションであるのにもかかわらず、さも数々の謎が事実であるかのように語られているため、多くの読者がそれらを信じ込んでしまうという点を強く批判している。併せて『「反」ダ・ヴィンチ・コード』(ホセ・アントニオ、ウリャテ・ファボ著・早川書房・1365円)も読んでみて欲しい。スペインのカトリック系週刊誌のジャーナリストによるもので、正統な立場からの見解がわかる。正統なキリスト教徒にとっては、自らのアイデンティティを揺るがされるのだから、『ダ・ヴィンチ・コード』に反発するのは当然のことだろう。
『ダ・ヴィンチ・コード』の中で主人公達より先に、聖杯を手に入れようと暗躍する集団として描かれているのが、「オプス・デイ」というカトリックの組織である。オプス・デイはローマ教皇にも認められているれっきとした組織であり、彼らは物語の中での偏った描かれ方に対して猛烈に反発している。日本でも活動している「オプス・デイ」の精神、組織、生活を解説した入門書が『オプス・デイ―カトリックの新しい動き』(ドミニック・ル・トゥルノー著・白水社文庫クセジュ・999円)である。 登場人物たちの語りの中にはいくつかの秘密結社が登場する。イエスの血脈を守り続けたとしているシオン修道会やテンプル騎士団がそれである。秘密結社については、『秘密結社の世界史』(海野弘著・平凡社新書・819円)が、わかりやすくまとめられていて読みやすい。本書を参考にテンプル騎士団についてみてみよう。 十字軍が聖地エルサレムを奪い、ヨーロッパの人々が聖地巡礼に訪れるようになった十二世紀に、彼らの道中の安全を守るためにテンプル騎士団は創設された。その名は、騎士団がソロモン王の神殿を根城にしたことに由来する。彼らは巡礼者の路銀を預かる銀行の役割も果たした。それもあって騎士団は富を蓄え、教皇や国王の支配からも独立した存在となった。それゆえ妬みをかったのか、十四世紀になって騎士団は、仏王フィリップ四世によって異端として根絶やしにされてしまった。そういった騎士団の歴史的価値を強調するのが『テンプル騎士団の謎』(レジーヌ・ペルヌー著・創元社・1575円)である。本書は以下で述べるような陰謀説を否定する。その陰謀説とは、テンプル騎士団が、ソロモン神殿で莫大な財宝、そして聖杯を手に入れたというものである。フィリップ四世は騎士団を滅ぼすも、彼らの財宝を手に入れることができなかったという。彼らが手にしていた財宝とはなんだったのか、そして聖杯はどこへ。これが数々の陰謀説、秘密結社の源泉になっていく。 このテンプル騎士団および陰謀史観を題材にした小説に、ウンベルト・エーコの『フーコーの振り子』(文春文庫・上下巻各860円)がある。物語は、1970年代から80年代のミラノを舞台に、出版社に持ち込まれたテンプル騎士団の秘密の計画についての原稿が発端となり進んでゆく。その原稿にかかわった人間が失踪し、行き着く先はパリ、国立工芸院、「フーコーの振り子」のある博物館である。テンプル騎士団から派生する秘密結社の系譜上に薔薇十字団がある。薔薇十字団はクリスチャン・ローゼンクロイツを祖とする結社で、錬金術や魔術などの古代の英知によって世界を救うという。十七世紀初頭のドイツで刊行された二つのパンフレットと『化学の結婚』という小説によって知られるようになった。ただの都市伝説で薔薇十字団は存在しないという説もあり、その実体は謎に満ちている。この結社の真相を解明するのが、『薔薇十字団』(クリストファー・マッキントッシュ著・ちくま学芸文庫・1470円)である。また『薔薇十字の覚醒―隠されたヨーロッパ精神史』(フランセス・A・イエイツ著・工作舎・3990円)も、やや難解だが薔薇十字団についての詳細な研究書であり、ヨーロッパ精神史の裏側を暴く。 そして現代に生きる秘密結社がフリーメーソンである。『ダ・ヴィンチ・コード』の続編でありラングドン・シリーズの第三作となる作品が、アメリカで早ければ今秋にも発売されるという。そのタイトルは『The Solomon Key』。『ソロモンの鍵』とでも訳せるだろうか。『「ダ・ヴィンチ・コード」イン・アメリカ 「ソロモンの鍵」解読ガイド』(グレグ・テイラー著・白夜書房・1680円)によれば、アメリカ合衆国建国とこのフリーメーソンの関わりがテーマのようである。ジョージ・ワシントン、ベンジャミン・フランクリンら建国の祖がフリーメーソンだったことは有名であり、一ドル紙幣にフリーメーソンの象徴「全能の目」が描かれていることも謎を深めている。現代の秘密結社といわれるフリーメーソンについてまず知っておきたければ、『フリーメイソン 西欧神秘主義の変容』(吉村正和著・講談社現代新書・七三五円)を読んでみて欲しい。 より陰謀めいたものが読みたい方には『石の扉―フリーメーソンで読み解く世界』(加治将一著・新潮文庫・620円)がお薦めだ。いくら『ダ・ヴィンチ・コード』の続編でも、フリーメーソンとアメリカ建国の話では興味がわかないという人には『あやつられた龍馬』(加治将一著・祥伝社・1995円)を読んでほしい。もし、明治維新期の英雄のイメージがある坂本龍馬の黒幕がフリーメーソンだったとしたら、ワクワクしてこないだろうか。ブラウンの次回作に期待したい。
そもそも異端とは何なのだろうか。『異端事典』(チャス・S・クリフトン著・三公社・6090円)では、冒頭部分でわかりやすく異端が定義され、その歴史が説明されている。その上で正統な教会によって「異端」「危険」視された教義、運動、団体、人物などが解説されている。
『ダ・ヴィンチ・コード』の冒頭でソニエールが残したダイイング・メッセージはダ・ヴィンチの絵画にまつわるものだった。『図解 ダ・ヴィンチの暗号』(田辺清編・宝島社・1500円)はダ・ヴィンチの絵に隠された暗号について解説してくれる。映画を見る上でも役に立つだろう。その一方で『モナ・リザの罠』(西岡文彦著・講談社現代新書・882円)は、美術の専門家らしい視点からブラウンの誤りを正してくれる。例えば、ダ・ヴィンチがMona Lisaという名前にアナグラムで暗号を隠したとしているが、Mona Lisaは英語であり、イタリア人のダ・ヴィンチがそこに暗号を隠すはずがないという指摘である。本書は、モナ・リザだけでなく西洋絵画全般への見方を平易に解説してくれ、素人が抱きがちな疑問に答えてくれる。
『ダ・ヴィンチ・コード』を読まれた方にはブラウンの他の作品もぜひ読んで欲しい。
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