世界の人口約60億人のうち、中国が13億人、インドが11億人、これに世界中に散らばる華僑や印僑などの移民を合わせれば、世界の人間のうち半分近くが中国人かインド人といっても過言ではない。人口だけではなく、現代世界における両国の占める役割も重要になってきている。中国とインドはBRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)の一角として世界経済の台風の目となっている。『図説BRICs経済』(門倉貴史著・日本経済新聞社出版局・1680円)は、BRICsによって変容しつつある世界経済をわかりやすく解説している。中国は世界の工場として、インドはITの中心としての役割が年々増してきているのである。同時にアジア世界において両国の覇権争いが始まっている。日本は両国にいかに対抗していくのか。まさに巨龍(中国)と巨象(インド)が目覚め、動き出したといえよう。日本は両国とより深い関係を築いていかなければならない以上、この龍と象について知る必要がある。その一助となる書籍を紹介していこう。
現在の世界経済の中心にいるのが中国であることは周知であろう。『中国台頭』(津上俊哉著・日本経済新聞社出版局・1680円)は中国脅威論でもなく崩壊論でもない。出版された2003年はまさに「巨龍」中国が本格的に動き出した頃であろう。台頭する中国に対して日本がいかに相対していけばいいのか、その当時の日中関係の展望がうまくまとめられている。
そしてその後の中国の経済成長は爆発的なものであり、世界経済を飲み込まんとするほどである。『検証中国爆食経済』(沈才彬著・時事通信社・1890円)によれば、まさに「爆食型」に成長しているのである。現在日系企業が盛んに工場を建設し、中国で商品を生産している。やがてこの「メイド・イン・チャイナ」が日本の脅威になる日がくるであろう。現在日本の景気が上向いているのも、中国によるところが大きい。今後中国経済はどのような方向に進んでいくのだろうか。『2010年の中国経済』(大久保勲他著・蒼蒼社・2940円)は、北京五輪、上海万博後の2010年までの中国経済を予測する。超成長をとげているが、リスクもはらむ中国経済の行方を冷静に見守らなければならないだろう。
上海には外資系の自動車・IT産業の工場が多く建設されている。『メイド・イン・シャンハイ』(丸屋豊二郎ほか著・岩波書店・1890円)はそんな上海経済の現状について言及している。もはや上海は「世界の工場」としてだけでなく、「世界の市場」としても注目され始めている。上海は国内でもブランド力があり、世界にむけてのショーウィンドーとして、中国経済の発信基地となっているのである。日系企業が進出しているのは上海だけではない。『大連は燃えている』(何徳倫著・エスシーシー・1890円)は、大連が日本のソフトウェア産業のオフショア開発都市になっている実情に迫っている。ITはインドだけではないのだ。ただ、なぜ大連なのだろう?やはりアカシアの樹が郷愁を誘うのだろうか。
経済発展にともない、中国は国際舞台での政治的な発言力も高めている。アメリカ・EUに次いで第三の機軸になりうるのが東アジア共同体である。『東アジア共同体』(小原雅博著・日本経済新聞社出版局・2940円)によれば、日韓中の三国がASEANとの結びつきを強め、東アジアの盟主ならんとしている。そして日本が対米偏重の外交をしている間に、東アジアの中心になろうとしているのが中国なのである。インドも東アジアとの距離を縮めてきている。果たしてどの国が東アジアの覇権を握るのか。
中国が政治・経済の面で台頭しつつあるのはまぎれもない事実であるが、国内に目をむけてみると数々の問題が残されている。『中国激流』(興梠一郎著・岩波新書・819円)は、急激な経済成長によるひずみ、政府・官僚の腐敗、そして民主化への歩み、といった国内問題についての論考である。都市部の繁栄ぶりに背後の問題が覆い隠され、われわれにはフィルターがかかってそれが見えなくなっている。『中国経済のジレンマ』(関志雄著・ちくま新書・777円)も同様に、成長を続ける中国経済の抱える問題点を浮き彫りにしている。巨龍の抱える悩みの中で現在最も大きなものが、「三農問題」(農業・農村・農民の問題) である。『中国農民調査』(陳桂棣著・文藝春秋・2900円)は2004年に中国で刊行されるや、あまりの反響ぶりにまもなく発禁処分になった。著者夫妻が実際に安徽省の村に住み、行った農村の実態調査にもとづくルポルタージュである。近年の経済成長は都市部だけのものであり、九億人の農民は成長から取り残され貧困に喘いでいる。そしてそれは、税金を搾取する地方役人、それを黙認する公安や警察、そして中央政府のせいであることを訴えた。どんなものにも文学性を求める中国の作品らしく、読みごたえ充分である。
次に民族問題である。中国には55の少数民族がいるといわれるように、漢民族以外に、雲南や新疆を中心として少数民族が存在している(少数とはいっても合計で一億人もいるのだ)。『中国55の少数民族を訪ねて』(市川捷護ほか著・白水社・2625円)は、少数民族の暮らしの中に根付く芸能を映像化する活動にともない、中国全土を巡った記録である。そのため日常生活ではなく、歌や宗教儀礼などのハレの部分に焦点があてられている。少数民族が一部自治を認められながらも、圧倒的多数の漢民族の中に埋もれ、自らの民族的なアイデンティティを失おうとしている。逆に政府の少数民族を優遇する政策によって民族意識に目覚める例もある。『講座世界の先住民族1 東アジア』(末成道男ほか編・明石書店・5040円)はそうした現状についての論集である。『周縁からの中国』(毛里和子著・東京大学出版会・4200円)は、中華人民共和国の形成の過程でいかにして民族が創り出されていったか、そしてその民族政策についての研究である。個々の少数民族を取り上げるのではなく、蒙・回・蔵三民族の自治区形成の点から中国の民族問題を論じている。本書を読むと、冒頭で述べた「13億の中国人」とはいったい誰のことを指すのかという疑問が生じてくる。「民族」の問題に関心のある方にはぜひ読んで欲しい。
近年多くの企業が中国に進出している。中国に工場を建てることにしたのはいいが、中国人との交渉が難航し、結局日本に逃げ帰ってくる企業も少なくない。多くのビジネスマンが中国人とどう付き合っていったらよいのか困惑しているのが現状である。そのような風潮を反映してか、中国を知るための書籍の出版が相次いでいる。まずは、『最新中国がわかる本』(創元社編集部編・創元社・1365円)。中国の歴史・政治から中国人の暮らしぶり、最近の流行りまでがわかる一冊である。『中国の練習』(中村達雄著・NHK生活人新書・693円)には、日系企業の一員としての中国での生活を通して、いかに中国の現実に対処していけばいいかを苦悶し、懸命に中国人との付き合い方を「練習」した筆者のエピソードがまとめられている。『中国人とのおつきあいHANDBOOK決定版』(イカロス出版・1800円)は、日常生活からビジネスマナーまで中国人との付き合い方がわかる。中国でのビジネスシーンで役立ちそうだ。中国人とうまく付き合うには彼らの暮らしや習慣を知っておく必要がある。それにぴったりなのが『中国の暮らしと文化を知るための40章』(東洋文化研究会編・明石書店・2100円)である。
愛国虚言を弄する北京人、海外志向の上海人、商売第一の広東人など、中国人は多種多様だ。『出身地でわかる中国人』(宮崎正弘著・PHP新書・861円)は、中国各地の多彩な人民性を紹介している。あなたの傍の中国人はいったいどこ出身でしょう?
中国人と日本人は同様に漢字を使用し、箸を使って麺をすする。しかしそれは日本が中国から影響を受けてきた結果であって、両者の考え方は根本的に異なり、そこから生み出された文化・社会は必然的に異なる。これを認識した上で中国と付き合わないと痛い目にあう、と社会学者橋爪大三郎は『隣りのチャイナ』(夏目書房・1890円)で指摘する。有史以来日本人は中国人と長らく交流しており、日本人はしたたかな中国人とわたりあってきたはずである。しかし現在は中国人との付き合い方に四苦八苦している。明治維新で西欧人に浮気をしたせいで、全てを忘れてしまったのであろうか。
『中国の歴史12 日本にとって中国とは何か』(尾形勇ほか著・講談社・2730円)は当代一流の中国史研究者陣がまとめた通史シリーズの最終巻であり、総論でもある。今や中国は、日本にとって政治・経済のパートナーとしての関係を築かねばならない存在である。相手を知るならまずその歴史からである。われわれが中国史を学ぶ意義は、表題が示す通り、隣国である中国とは何なのかを知り、相互理解を図ることにある。通史を学ぶなら、この『中国の歴史』シリーズが詳しい。
同シリーズ第11巻の『巨龍の胎動――毛沢東vsケ小平』(天児慧著・講談社・2730円は)は、共和国の建国から、文革、改革解放政策と、表題の通り毛沢東とケ小平に注目しながら中国現代史がわかりやすくまとめられている。以下では核となる人物の評伝から中国現代史をみていこう。
今年で文化大革命から30年経ち、毛沢東、文化大革命についての歴史的な評価を下そうとする動きが再び活発になってきている。これまで毛沢東に関する書籍は数多く存在するが、『マオ』(ユン・チアン著・講談社・上下各2310円)はその中でもかなりの問題作といえる。多くの関係者へのインタヴューや文書をもとに、「中国」建国以前の毛の功績を徹底的に否定している。その論調には批判的な意見も多々あるが、これを契機にますます議論が活発になることが期待される。あわせて近刊の『毛沢東の文革大虐殺』(宋永毅著・原書房・2940円)も紹介しておく。人民服と赤い冊子、これは古典的な中国人のイメージだ。この赤い冊子こそ『毛沢東語録』(毛沢東・平凡社ライブラリー・1020円)である。毛沢東の思想とは、そして文化大革命とはなんであったかを考えるなら、一読してみてもいいだろう。毛沢東の妻、江青を描いた『マダム毛沢東 江青という生き方』(アンチー・ミン著・集英社・3150円)もお薦め。
一度も失脚することなく、首相として中国を支え続けた周恩来の生涯を描いたのが、『長兄 周恩来の生涯』(ハン・スーイン著・新潮社・2835円)である。近年歴史的評価が逆転しつつある毛沢東に比べ、温厚な人柄でも知られた周恩来の評価は常に高い。三度の失脚を乗り越え、改革解放政策を実施し、中国の市場経済化に着手したケ小平の生涯を描いたのが『ケ小平』(矢吹晋著・講談社学術文庫・1155円)である。中国第三世代の中心であり、現在の中国の繁栄の元を築いたともいえるのが江沢民である。『江沢民――中国を変えた男』(ロバート・ローレンス・クーン著・ランダムハウス講談社・3360円)は、江がいかにして中国を変えたか、長期政権を維持したかが描かれている。最近まで政権を握っていた人物だけに、批判的な意見はみられない。
以上が〈巨龍〉中国についてだ。次は〈巨象〉インドについてみていこう。
近年のインドの経済発展は世界中から注目されている。特に1991年の経済自由化以降の、アメリカのソフトウェア産業におけるオフショア市場としての成功がその契機となった。『インドのソフトウェア産業』(小島眞著・東洋経済新報社・1890円)では、ずばりそのタイトル通り欧米のIT戦略のパートナーとなったインドの内実が詳しく紹介されている。『巨大市場インドのすべて』(島田卓編著・ダイヤモンド社・1575円)では、ソフトウェア産業の中心地バンガロールについて、インドに進出している日本企業について、そして牛歩だが着々と進められているインフラ整備について、経済大国の道を突き進むインドの市場としてのエネルギッシュな全貌が明らかにされている。
一方、新たな市場となっていくインドを前掲の二点とは違った辛口テイストで紹介するのが、『21世紀のインド人』(山田和著・平凡社・1995円)である。インドの魅力にとり憑かれ数々の関係本を出した山田和氏でないと書けない一冊。いい面、おもしろい面だけでは現実には対応できない。愛を持ってあえてインドを切る!
山田和氏が訳している『喪失の国、日本』(M・K・シャルマ著・文春文庫・690円)は、日本にやってきたインド人の日本体験記。日本へ行くインド人への指南書のように書かれているが、シャルマ氏の目に映った日本人像には、両国交流のヒントがたくさん隠されている。
経済自由化以降のインド経済をミクロかつマクロに分析しているのが、『現代南アジア 2』(絵所秀紀編・東京大学出版会・5040円)。市場開放後の南アジアのゆくえを展望する。
アジア初のノーベル経済学賞を受賞したインド人、アマルティア・センを紹介したい。センはこれまで主流だった経済至上主義路線とは違った、人間を中心に据え置いた経済学を提唱した。驚異的な広がりをもつセン理論については『貧困の克服――アジア発展の鍵は何か』(集英社新書・672円)が入門書となる。発展や貧困とは何か、という根源的な問いについて改めて考えさせられる。『開発経済学とインド 独立後インドの経済思想』(絵所秀紀著・日本評論社・3990円)は、独立後のインドの経済思想からインド人経済学者の系譜をたどり、セン理論をひもとく。
インドって言われて「カレー?」などと答えているようではまだまだダメだ。日本において古くは天竺と呼ばれ仏教の聖地とされてきたインドだが、近現代にも両国の接点があった。
昨年、大沸次郎論壇賞、アジア・太平洋賞を受賞した中島岳志氏の『中村屋のボース』(白水社・2310円)は、1915年に日本に亡命し、国外でインドの独立に尽力したラース・ビハーリー・ボースの生涯を丁寧に描写した。ボースの協力者に頭山満、大川周明などのアジア主義者がいたことなど日本の裏面史としても興味深い。同じ時代に焦点を当てた『インド独立の志士と日本人 アジア精神再興の潮流』(原嘉陽編著・展転社・1890円)は、R・S・ボースだけでなく、大東亜共栄圏構想によって生み出されたインド国民軍、チャンドラ・ボース、タゴールらと岡倉天心の交流などをまとめている。
現代のインドを知るためにはまず、『手にとるようにわかるインド』(門倉貴史著・かんき出版・1470円)で準備体操をするのがよい。トピック別に最新の政治・経済を挿絵入りで紹介している。『インドを知るための50章』(重松伸司ほか編著・明石書店・1890円)は政治・経済・文化をまんべんなく知るのにちょうど良い一冊といえるだろう。もう少し民族誌に重点を置いた『暮らしがわかるアジア読本 インド』(小西正捷編・河出書房新社・2100円)は、宗教、大衆文化などのキーワードからインドを読み解く。
ウォーミングアップをして、インド人と話してみたい、インドに行ってみたいと思えるようになったら、『河童が覗いたインド』(妹尾河童著・新潮文庫・620円)でインド旅行を計画するのも楽しい。着実に成長しつつあるインドだが、妹尾氏の描いた風景はまだ残っている。その際には『インド人』(G・S・コラナド著・河出書房新社・2625円)でマナーやエチケットを身につけて欲しい。
なお、『南アジアを知る事典』(辛島昇ほか監修・平凡社・8400円)は以下で紹介する書籍を読む際の一助となるだろう。
インド史は20世紀後半に大きな転機を迎えたといえる。それは「下からの歴史」サバルタン・スタディーズの誕生である。この嚆矢ともなるのが『新しいインド近代史 下からの歴史の試み1/2』(スミット・サルカール著・研文出版・各4893円)である。一方『西洋の支配とアジア 1498‐1945』(K・M・パニッカル著・藤原書店・6090円)は古典的名著であり、アジアと西洋の関係がマクロな視点にもとづき書かれている。
1947年、インドは大英帝国から独立し、現代国家としての道を歩み始める。独立の父であり、最も著名な人物いえば何といってもガンディーだろう。M・K・ガンディーは政治家として有名だが、インドの精神的な独立を目指す思想家という位置づけともなる。『真の独立への道 ヒンドスワラージ』(岩波文庫・525円)はそんなガンディーの目指したインドが対話形式で書かれている。ガンディーの思想は多面性を持ち難解だが、本書を読むと現代に通じる点にはっとさせられる。ガンディーの思考は現代のさらに先を行っていたのだ。
同じくインド独立の指導者となったのがネルーである。そのネルーが獄中から、娘へ宛てた43通の手紙が『父が子に語る世界歴史 1〜8』(ジャワーハルラル・ネルー著・みすず書房・各2310円)。独立という動乱の時代にネルーが娘に語った世界の歴史とは一体どのようなものなのか。父の愛情を一身に受けたインディラもまた、後に首相となる。
インド研究において、カーストはインドの不可分の属性として多くの議論がなされ、その結果様々な解釈が存在する。『歴史のなかのカースト 近代インドの〈自画像〉』(藤井毅著・岩波書店・2730円)ではカーストという語がポルトガル語に由来し、植民地支配の過程で形成された概念であることを明らかにしている。そして、これまでのカースト研究そのものに歴史性を付与しようとすることで、複雑なインド社会の標語ともなっているカーストの本質を明らかにする。
『インド 国境を越えるナショナリズム』(長崎暢子著・岩波書店・1890円)では、セキュラリズムが生んだもうひとつのナショナリズム、海外に移住していった印僑のディアスポラ・ナショナリズムを明らかにする。今、印僑の「頭脳流出」が「頭脳還流」に変わりつつある。これが現在のインド発展に大きく関わっていることが明らかにされている。
インドの近年における著しい経済発展は日本でも肌に感じられるようになってきた。しかしながら、インドは国内に多くの問題を抱え、未だ混沌の中にいるといえるだろう。独立後、インドに近代化という大波が押し寄せてきた。主体的かつ、段階的な開発でない限り、以下のような問題が生じるのは必然である。
第二次大戦後、第三世界に向けて行われた緑の革命は、アメリカの強い後押しで行われた農業近代化計画である。インドももれなくその対象国となった。『緑の革命とその暴力』(ヴァンダナ・シヴァ著・日本経済評論社・2940円)は、その緑の革命が成功した一方で、近代的農業様式の整備が持てる者と持たざる者の格差を拡大した事実を暴く。
同じくヴァンダナ・シヴァ氏が水紛争について言及している『ウォーター・ウォーズ』(緑風出版・2310円)も、目をつぶることのできないインドの問題を扱った一冊。核戦争の次は水戦争の時代が来るとまでいわれている現在、インド国内では各州が国内の河川を巡って、南アジア全体では大きく横たわるガンジス河等の水利権を巡っての争いが起こっている。このため行われたインドのダム開発は、周辺住民を強制退去させたまま、膠着状態にある。
『ボーパール午前零時五分 上下』(ドミニク・ラピエール著・河出書房新社・各1890円)は、1984年に起きた化学ガス流出事故をテーマにしている。世界の農民を救う驚異の殺虫剤は、一夜にしてボーパールの人々を不幸にした。大量の死者を出した「化学ジェノサイド」を綴ったノンフィクション・ノヴェル。
独立後のインド政府はセキュラリズムという立場により多民族・多宗教のバランスを保ってきたわけだが、そんな情勢に微妙な風向きの変化をもたらしたのが、1998年のインド人民党の政権奪取だ。『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中島岳志著・中公新書ラクレ・819円)は、勢いを増してきたヒンドゥー・ナショナリズムに焦点を当てている。著者がその活動母体となっているヒンドゥー・ナショナリスト団体RSSと生活をともにし、印パ核戦争の危機、バーミヤン遺跡破壊時のインドの反応をリアルに報告している。『ナショナリズムと宗教』(中島岳志著・春風社・3800円)では、ヒンドゥー・ナショナリズムの起源、そしてRSSのトップイデオローグの理念とは異なったヒンドゥー・ナショナリズムの解釈をする民衆が、それを自己アイデンティティの発露とする姿が捉えられている。
『インド日記 牛とコンピュータの国から』(小熊英二著・新曜社・2835円)は、ナショナリズムの研究者小熊氏が、日本について学ぶインド人学生を教えにインドに行った際のエピソードをまとめたものだ。カルチャーショックを受けつつも、だれかれ構わず質問攻めにする。博物館の人形の並びにナショナリズムを見出したりするのは小熊氏らしいインドとのぶつかり方だ。その好奇心と行動力は読んでいる者を飽きさせない。
1992年にヒンドゥー教徒がアヨーディヤにあるイスラム寺院を襲撃、破壊した。『ラーム神話と牝牛 ヒンドゥー復古主義とイスラム』(小谷汪之著・平凡社・2854円)では、ヒンドゥーとイスラムのコミュナリズムの歴史的背景を19世紀中葉まで遡って問う。
民族や宗教の衝突はこれに限ったものではない。『入門ナガランド インド北東部と先住民を知るために』(多良俊照著・社会評論社・2100円)では、国籍はインドだが顔はほとんど中国人というナガ族を紹介されている。インド国境付近には、植民地時代のグレート・ゲームの代償として残された民族問題がまだまだ埋もれている。この意味合いとしては、チベット問題もインドと切り離せない問題として同一視できる。これについては、ダライ・ラマ14世による『チベットわが祖国 ダライ・ラマ自叙伝』(中公文庫ビブリオ・1100円)に描かれている。
また、インドは近隣諸国とも解決すべき問題を抱えている。主たる問題は『南アジアの安全保障』(日本国際問題研究所編・日本評論社・二九四〇円)で挙げられている。最近雪解けに向かっている、印パおよび印中の国境紛争は政治上の解決は近いかも知れないが、係争地の帰属問題という新たな問題もはらんでいる。
〈龍と象〉二つの大国、中国とインドは、今まさに世界の頂点に立つべく、動き出している。「三国一の花嫁」の「三国」とは、中国・インド・日本を指した。三国だけの世界観は両国と日本の関係の深さを物語る。さて日本は次代の覇者、龍と象どちらのポチになるのだろうか!?いや、そうではない。かつて岡倉天心が「アジアはひとつなり」といったように、中国、インドともにかけがえのないパートナーとして良好な関係を築き、日本は日本らしい道を歩むべきなのだ。
|