―それでは、今現在、編集者のキャリアを積んできた立場として尊敬する編集者を教えてください。
ウィリアム・モリスの研究家でもあった晶文社の小野二郎さんと、中央公論社の「海」編集長をされていた塙嘉彦さんですね。
塙さんは、ラテンアメリカ文学をはじめとする、知られざる作家をたくさん紹介なさった方です。小林信彦さんにカート・ヴォネガットの存在を教えたのも塙さんだと聞いています。中央公論社に入られる前は、フランスのヌーヴェル・オプセルヴァトゥールという週刊誌の記者をなさっていて、現地でも一目おかれていたそうです。
小野さん、塙さんに共通しているのが、個人的な研究対象というか思想のよりどころを持ちつつ、それぞれの世界像をかたちづくっている考え方を紹介していったこと、新しい思想や文学・芸術を、新しいスタイルで日本の読者に提供なさったということです。お二人の仕事は、日本の作家たちに外からの刺激をもたらしたと思います。

―では、「考える人」についてお聞きします。どのような経験を積んだ上で考える人を立ち上げることになったのですか?
新潮社に入社して最初に配属になったのが「小説新潮」編集部、それから自然界の森羅万象をテーマとしたグラフィック・マガジンの「SINRA」編集部、その後、書籍編集を担当する出版部に異動しました。
出版部では、海外の新しい文学を紹介する「新潮クレスト・ブックス」というシリーズを立ち上げました。そもそも海外文学の翻訳を手がけたくて出版社に入ったので、入社から15年以上たって、ようやく念願かなったという感じでした。
―その「出版部」にありながら、雑誌「考える人」を立ち上げることになった。
 新潮社には、学芸書の執筆者のための雑誌媒体がありませんでした。ならば自分でつくろうと思ったんです。学芸書、いわゆる哲学・思想分野というのは、日本においては流行にあわせて着脱可能な、舶来品の帽子や上着みたいなになってしまっている。でも、本来思想や哲学は、生き方や生活と表裏一体であるはずのものだと思うんです。
生活や日々の生き方から、ものの考え方が生まれ、あるいはものの考え方によって、生活や暮らしが変わっていく。学芸書の著者の執筆する場所であると同時に、生活や暮らしについても考えることのできる雑誌をつくりたい――そう思って創刊したのが「考える人」です。
―創刊前に、「この雑誌絶対いける!」なんて思ったりしましたか?
誰にもまだ言ったことはなかったのですが、思ったことはありますよ(笑い)。
でも広告部や営業部からは、広告も取れないし、部数だって厳しいよ、と現実を言い渡されました。そのとおりなんです。男女両方が読者対象で、しかも対象とする年齢もさまざまなんていう雑誌の広告など、取れなくて当然です。

でも、大赤字になっても構わないから意義のあることをしたいというのは、甘えにすぎません。経済的にも成り立つことが大事だと考えていましたから、なんとしても広告をとらなければいけなかった。
―そういうなかでユニクロさんが単独スポンサーになってくれたというのが非常に大きかったと思うのですが。
創刊を準備していた2001年頃はユニクロのフリースが大ブームでしたが、僕は流行に乗り遅れるたちなので、養老孟司さんや山崎まさよしさんが出演したCMを見て「面白いな」とは思っても、お店には行ったことがなかったんです。
でも、ある日たまたまシャツを買ってみたら、すごく良くて、あっという間にすべてユニクロになってしまった(笑い)。あの値段で、これほどの品質の製品がつくれるんだという驚きがあったし、企業姿勢に思想や哲学を感じました。この会社なら、私のやろうとしていることを理解してくれるに違いない、と勝手に思い込んだんです(笑い)。
そこで柳井正社長あてに手紙を書くことにしました。これから創刊する「考える人」という雑誌には御社の企業姿勢に通じるものがあるはずです。単独スポンサーになっていただけないでしょうか――というA4一枚の簡潔な手紙です。柳井さんがどれほど忙しい方が聞いていたので、ごく短い手紙にまとめました。
すると1週間もしないうちに、担当の執行役員の方から突然電話がかかってきて、柳井さんにお会いすることができ、ほどなく話が決まりました。
―そこからのつながりで、柳井さんの本も出版されるようになった、と。

『一勝九敗』柳井正著 新潮社
http://www.junkudo.co.jp/detail.jsp?ID=0210128451
柳井さんというのはほんとうに魅力的な方なんですよ。たいへんな本好きで、夜はお酒を飲んだりするよりも、一刻も早く家に帰って、本を読んだり、ジャズを聴いたりなさりたいといいます。沢木耕太郎さんとか村上春樹さんの本は、全部読んでいらっしゃるようです。
「考える人」に入っているユニクロの広告は、ユニクロの担当の方と相談しながら編集部でつくっているのですが、商品自体を宣伝するものではなく、ユニクロがいま取り組んでいるさまざまな仕事のコンセプトを伝える内容になっています。
ユニクロはCSR(企業の社会的責任)に本気で力を入れていて、障害者雇用は桁違いに進んでいますし、世界の避難民への寄付も規模が並外れています。いま全世界で避難民は3000万人いると言われていますが、彼らすべてに衣服を届けようとしている。「衣服を変える 世界を変える」というコピーはお題目ではないんです。
―松家さんは、「考える人」のメールマガジンも執筆されています。8年間ずっとメルマガを続けていらっしゃいますが、ご自身での位置づけはどのようにされていますか?
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