トップページ > WEBほんのしるべトップページ > 編集者の棚 松家仁之:その1
本を、読む。 この本好きだな、と特別心に残る本のあとがきに、決まって同じ編集者への謝辞がある、そんな経験はありますか? まるで、次に自分が何を読むかわかっているように、「その人」は私を待ち構えている。 もう逃げられない! ジュンク堂の店員から、そんな通報がありました。 「その人」の名は、松家仁之(まついえ まさし)。 新潮社で書籍も雑誌も手がけてきた、名編集者。今は雑誌「考える人」と「芸術新潮」の編集長を務めている。 通報主である店員の本棚から、松家さんが編集を担当した本をご紹介すると―
松家さんとは、どんな人なのか? Webほんのしるべ編集部が、松家さんに迫ります。
―編集者になるような人は、若い頃の読書経験から大きな影響を受けていると思います。 学生時代の読書で、編集者の存在を感じるような体験って、ありましたか? 高校生のころから晶文社の本が好きでした。 晶文社の本の向こう側には、小野二郎さんや津野海太郎さんなど、編集者の姿がはっきりと見えました。当時さかんだった海外文学の翻訳出版も、晶文社のものには独特のカラーがあって、これは大学生になってからだったと思いますが、アイザック・ディネーセン・コレクションなどとても魅力的でしたね。 『アフリカの日々』アイザック・ディネーセン著 晶文社 http://www.junkudo.co.jp/detail.jsp?ID=0181008039 翻訳書を数多く出していた出版社――新潮社にしろ白水社にしろ、当時、ディネーセンの作品を、しかもコレクションにして出そうなんて誰も思いつかなかったでしょう。『アフリカの日々』が「愛と哀しみの果て」というタイトルで映画化されたのは、何年もあとのことでしたから。あれは、まさに「編集者」がいなかったら実現しないようなコレクションだったと思います。 それから、『アメリカの鱒釣り』を初めとするブローティガン作品の翻訳出版も晶文社ならではのものだったと思います。 『アメリカの鱒釣り』リチャード・ブローティガン著 晶文社 http://www.junkudo.co.jp/detail.jsp?ID=0186306826 『アメリカの鱒釣り』は藤本和子さんの翻訳が、ともかく画期的だった。藤本和子訳のブローティガンと出会わなければ翻訳家にはならなかったろうと、柴田元幸さんも岸本佐知子さんもおっしゃってますね。藤本さんの訳文が、日本の作家に与えた影響も大きかった。 ブローティガンのように、「保守本流」とはみなされないカウンターカルチャー的作品のなかに、それまで見たこともないような新しい魅力的なものをみつけ、読者にさしだしてくれた出版社が晶文社でした。 その一方で、メディアの問題や出版など、出版社に地続きのテーマについての学問的な成果――たとえば、エンツェンスベルガーの『意識産業』などの骨太な批評も紹介していました。 ―そうした出版社はほかにもありませんでしたか? 晶文社は別格でした。出している本のセンスも、ブックデザインも、格段にちがっていた。晶文社のブックデザインを一手にひきうけていたのが平野甲賀さんです。高島屋の宣伝部出身で、舞台美術などを手がけ、出版の畑ではないデザイナーだった平野さんが、いま見てもハッとするような斬新な装丁をなさっていた。 もう圧倒的にカッコいい出版社だったんです。 ―それでは、今現在、編集者のキャリアを積んできた立場として尊敬する編集者を教えてください。
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