トップページ > ほんのしるべトップページ > 文系人間のための<科学本棚 第12回後編>



‐ 第12回(後編) 再び、仙台から。 ‐

前編はこちら

2011年4月4日、ジュンク堂書店仙台ロフト店は営業を再開しました。
今回の科学本棚は、前編で瀬名秀明さんが投げかけてくれた
「今だからこそ、仙台からメッセージを発することが重要」という思いを受け止めて、
仙台ロフト店の店員から皆様へお届けしたい言葉です。
筆をとったのは、この連載のきっかけとなった、仙台での「瀬名秀明書店」を育んできた店員です。
もうひとつの、「仙台から。」


漫画 仙台ロフト店は4月4日から営業を再開しました。
開店前は、みんなどきどきして、お客さまは来てくれるのか、不安でした。
こんなときに、本を読む気になんてなれないよ、ってそう思うひとがほとんどなんじゃないか、って。

それでも、たくさんのお客さまが来てくださって
たくさんのかたが、本を必要として、待っていてくれたこと
ほんとうにうれしくて、ありがたくて
店の仲間たちみんなとこの日を迎えることができて
また本屋になれて、ほんとうによかった、って。
また本を届けるお手伝いができること、ほんとうにしあわせです。

そういう私も、あの日からしばらくの間は何を読んでも、
つるつる、文字の上を目が素通りしてしまって
頭に入ってこなくて、数ページ進んで、はっと気がついたら
何を読んだのか、よく覚えていなかったりもしました。
それでも、読みました。
根気よく、同じページを何度も何度も読み返しました。

復旧作業に取りかかりたくても、店に入ることすらできず
やきもき、うずうずしていたときに
居候先のおばあちゃん、まさこさんが自分の本棚から何冊かおすすめを貸してくれました。
その中の一冊『文車日記』田辺聖子(新潮文庫)を読んでいるとき なにかがはじけてつながるような感覚があったのです。

文車日記 たくさんの古典文学を、やさしくわかりやすく、たのしく
田辺さんが教えてくれるこの本のなか、
「少女と物語」という章では『更級日記』が紹介されています。

お父さんの転勤で都に戻ってきた女の子が、
ずっと前から読みたい読みたいと思っていた源氏物語を、
おばさんからプレゼントしてもらった帰り道のこと。

あんまり気に入って、ノートに書き写しておいたくらいです。

  得て帰る心地のうれしきぞ、いみじきや。
  はしるはしる、わづかに見つつ、心も得ず、
  心もとなく思う源氏を一の巻よりして、人もまじらず、
  几帳の中にうちふして引き出つつ見る心地、后の位も何にかはせむ。
  昼は日ぐらし、夜は目のさめたる限り、灯を近くともして
  これを見るよりほかのことなければ


こころの中で、女の子のきもち、こんなふうに訳していました。

  ずっとずっと読みたかった源氏物語をもらった帰り道、
  もうもう、うれしくてうれしくてしょうがなくて
  早く帰って早く読みたくて、うずうず、ぴゅーんと飛んで帰りたい!
  途中、がまんできなくて、ちょっとだけ、って開いて読んじゃったりして。
  誰にも会わないで部屋に閉じこもって、一巻から取り出してひろげて読みはじめる。
  天皇のお嫁さんになるか、源氏物語を読むか、どっちを選ぶかって言われたら
  もちろん源氏物語を選ぶに決まってる。ほんとうにほんとうにうれしい!
  朝起きてから一日中、夜は眠くなるまでずうっと、灯りをともして
  本を読んでばかり。ほかのことはなにもしないの。したくないの。



仙台アエル 本のたのしみ、喜び、うれしさ、わくわく、どきどき
読んでいて、伝染してきて
やっぱり本はいいなぁ、本があってよかったなぁ
と思い、また本を読むことができるようになりました。
はやくまた本屋になりたいって、思いました。

本を読んでも、おなかいっぱいにはなりません。
怪我も病気も治りません。部屋もあったかくはなりません。
壊れた家も元通りにはなりません。
たいせつなひとも、戻ってきてはくれません。

でも、一冊の本があったから、たのしくなったりうれしくなったり
悲しみや憤りがやすらいで、おだやかなあたたかい気持ちになる
本には、そういうちからがある。
本のちから、物語のちから、ことばのちからを信じています。
私だけではありません。
店の仲間たちも、お客さまも、本を愛するひと、みんな、きっと。

こんなときだけど、こんなときだからこそ
本がちからになれるのかもしれない
早く本を届けたい
本のたのしみ、よろこび、また届けたい。

先日また大きい余震があって、また休業して復旧作業をしました。
やっと営業を再開できたのに、またやり直しで
正直に言いますと、ずいぶんとがっかりしょんぼりました。
仲間たちと本とお客さまに囲まれてまた働けること
ほんとうにほんとうにうれしくてしょうがなくて浮かれてはしゃいでいたのです。

その時に私の心を励ましてくれたのは、
最初に営業を再開したときに、あるご夫婦のお客様がかけてくれた言葉でした。

ジュンク仙台 お店のみなさんが無事でほんとうによかった
それがいちばんよ、生きているのがいちばんよ、って

そう言っていただけたことを思い出して
みんなが無事で、みんな一緒なら、何度でもがんばれる
そう思って、またみんなでちからをあわせて
翌日には営業再開を再開することができました。

今日も明日もあさっても
来週も再来週も、来月も再来月も、来年も再来年も
私たちは、本屋です。
ずっとずっと、本屋です。

瀬名さんのことば、思い、たくさんのひとに届きますように。
いま、ここを生きるひとに、
遠くの街で、仙台・宮城・東北を気にかけてくれるひとに、
本を愛するひとに、これから本に出会うひとに、
すべてのひとに。

瀬名さんに、お願いがあります。
「本当の科学者である皆様にできることは、今後もおのれの研究を続け、深めること」
「身が切れるくらいとことんまで面白がって、これからもにっこり笑って私たちに語って下さい。
そして私たちを面白がらせて下さい。」
とおっしゃったように、
これからもすてきな文章を、すてきな物語を私たちに届けてください
本のちから、物語のちからで、私たちを楽しませてください、喜ばせてください。

そして私たちは、本を、物語を届けるお手伝いをします。
それしかできませんが、それがいちばんしたいことです。

本のちからが、みなさんのちからになりますように。

ジュンク堂書店仙台ロフト店
佐藤純子


この連載は、今回で最終回です。
瀬名秀明書店の棚から取り出した最後の1冊を、どうぞ。

『シャドウ・ライン』ジョウゼフ・コンラッド著 八月舎

若き船長が幾多の困難を乗り越え船を進めるとき、ひとりの青年からひとりの大人へと成長してゆく。「シャドウ・ライン」とはその境界線のこと。 いったん踏み越えたらもはや二度と青春時代へは後戻りできない、人生を分ける決定的な陰影線だ。読書にもきっと同様のシャドウ・ラインがあるのだろうと思います。 ただ面白い本をひたすら読みたい、娯楽を貪りたいと願う青年時代から、成人し、世界を知り、それでも本と向き合い続けるひとりの人間へと踏み進んでゆくこと。
その苦さと勇気、希望、すべてがこの中篇に詰まっています。
人生の節目ごとに何度も読み返したい小説です。



1年間、ご愛読いただきありがとうございました。

もっと瀬名さんの紹介する本が読みたい、と思う方におすすめしたい1冊があります。最相葉月さんとの共著、『未来への周遊券』。科学と深く触れ合う場所にいるお二人が往復書簡を交わし、未来への希望を語るこの往復書簡は、時に1冊の本でつながっていき、巻末にはそれをまとめたブックガイドもあります。そして、今だからこそ心に響く言葉が詰まっているのです。例えば――
未来への周遊券 「阪神淡路大震災で故郷が破壊されたとき、未来に対する私のモラトリアム的思考は揺さぶられた。明日さええわからないのに未来など考えられないとうそぶくのではなく、明日生きることをまず考える、その積み重ねが未来をつくると知った。」(p.13 最相葉月「できることを積み重ねる旅」より)
「未来は予測できない。だが運命への平静さと勇気と知恵を持ちたいと願い、生きるその工夫は、私という個体が未来のために今できることなのかもしれない。」(p.15瀬名秀明「未来は運命もつれてくる」より)
そして、新型インフルエンザが猛威を振るい人々を恐怖させた年に書かれた、この一節も。  「先月、神戸大学感染症内科の岩田健太郎さんが研修医に向けて書いた文章を読み感銘を受けた。毎日の診察を大切にしてください。あなたが不安に思っているときは、それ以上に周りはもっと不安かもしれません。自分の不安は五秒だけ棚上げにして、まずは周りの不安に対応してあげてください。そしてチームを大切にしてください。勇気とは恐怖におののきながら、それでも歯を食いしばってリスクと対峙する態度だ、と。すべての人が胸に刻むべき言葉だと感じた。未来は今ここから始まる。」(p.123 瀬名秀明「新型ウイルスは私たちの世界を映す」より)

科学はいつでも、人間の隣に、中にあります。見上げた空にあります。たったひとつまみの土の中にも、ゆらゆらと揺れるロウソクの炎にも。難しいことは分からなくても、面白がって中を覗き込むところから始めればいい。
数式が苦手でも、物理法則がわからなくても、本を読むことが好きであれば、それだけでいい。入り口はここに、瀬名さんが開けてくれました。
どうぞ、いつでも遊びに来て、手に取って下さい。






――瀬名秀明さんの本――

ナビゲーター 瀬名秀明(作家)

1968年生まれ。仙台市在住。
1995年に『パラサイト・イヴ』で彗星のごとく現れ、その後『BRAIN VALLEY』『八月の博物館』『デカルトの密室』など傑作SFを世に送り出す。 瀬名さんは薬学博士でもあり、2006年から 2009年まで東北大学で機械系特任教授も務めた。 近年は『おとぎの国の科学』『瀬名秀明ロボット学論集』『インフルエンザ21世紀』『未来への周遊券』(最相葉月との共著)など、読み応えのある科学ノンフィクションも多数刊行。

藤子・F・不二雄を敬愛し、2011年2月にドラえもんの長編作品「のび太と鉄人兵団」をノベライズした『小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団』を上梓。

また、3月18日に電子書籍「杜の輪舞曲[ロンド]─表現すること・生きていくこと」(同じく仙台在住の伊集院静氏との共著、itunes APP Storeのみで販売)を発売。→ご購入はこちらから

4月中旬にはポプラ社より単行本『世界一敷居が低い最新医学教室』が発売された。こちらは、医学監修に『iPS細胞』の八代嘉美氏を迎え、明るい希望を見通すことができる最新医学のネタ90を楽しく知ることができる1冊。

震災後も積極的に情報発信を続ける。