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UとQと…Left-Right
管啓次郎さん×清岡智比古さんトークショー
「uと読みたい?Qトな本たち!」web再録・短縮版

2010年6月24日、満員御礼の中行われたトークショー「uと読みたい?Qトな本たち!」。
管さんは国境など無いくらいに多くの国を訪れていて、フランス語だけでなく英語やスペイン語にも造詣が深い。 清岡さんは笑いと愛に溢れた唯一無二のフランス語教本でお馴染み、フランス語のプロ。博学のお二人から繰り出されるフランス語圏のお話に圧倒される一夜でした。 web連動フェアの一環として、文庫クセジュとuブックスについて語られた部分をwebほんのしるべ編集部が抜粋・再編集してお届けします。 なお、全文版もPDFにてお読み頂けますので、是非合わせてご覧ください。


二人が語る、クセジュの魅力!

トークセッション 管啓次郎 白水社のuブックスと文庫クセジュには、学生の頃から大変にお世話になってきました。 とくにクセジュは、フランスの出版社が出しているシリーズで、日本語で暮らしている私たちには思い及ばないような、様々な地域や主題のものが数多く刊行されています。 しかもあるテーマの本について、年月が経つと、全く別の著者が異なった立場から同じタイトルで本を出している。 いわば非常に長い百科事典のエントリーが更新されていくという仕掛けを持ったシリーズです。
 清岡さんはご存知のとおりフランス語のカリスマ教師ですが、僕は学生の頃にはフランス語を専攻したんですけれども、 その後だんだん遠ざかってしまいました。それでも明治大学では一時期フランス語を担当していました。
 今回は「フランス語をやることによってはじめて見えて来る世界」のようなものが、話のとば口になるのではと思うのですが、どうでしょうか、清岡さん。

清岡智比古 お話の通り、クセジュに入っているような本は、日本では出ません。日本ではそういう視点でものを見ていないので、作りようがない。 翻訳シリーズなので、全部が全部、読みやすいわけではなけれど、極論すれば、本を買って、目次を見て、拾い読みして、 「ああ、こういう立場からものを捉えるような考え方があるんだ」ということを知るだけでもいい。
 フランス人が書いたものを日本人である私たちが読むと、知識のバックグラウンドが違うので、すらすらと分からないところもあります。 でも、そこは飛ばして、分かるところを繋ぐだけでも、新しい見え方が得られる。
 海外のタイトルを眺め、読んでいくことによって視点が多層的になり、世界の見え方も豊かになるのではないでしょうか。真面目すぎるかな?

 目録を見るだけでも、不思議なタイトルがたくさん。 ラテンアメリカ、アフリカ関係の充実は当然としても、例えばヨーロッパの地域でも『チェコスロバキア史』、面白そうです。それから『森林の歴史』なども大変興味深い。
 また、アフリカのニジェールについての本。あと『フランス系カナダ』などは日本の新書では絶対にありえませんよね。 こんな風に細かいトピックを追っていくのに便利で、思ってもみなかった見方や、地域についての着目の仕方を教えられます。

・・・・・中略・・・・・
この後、フランス語とフランス語圏(フランコフォニー)の話をした後、管さんが実際にタヒチの首都パペエテで撮影した写真のスライドを見て、フランス語圏な気分が盛り上がります。 お二人の共同研究の話から、カナダのフランス語圏、ケベック州モントリオールの話になって、大変に白熱した展開に。

詳細は、PDFで御覧いただけます→全文版.pdf

そして、いよいよuとQの話になります。


二人が選ぶ、「文庫クセジュ」ベスト3


トークセッション  今日のひとつの大きなテーマは、フランス語を窓にしたときに、世界は実は多言語・多文化で、ものすごく複雑に混じり合って、 それが当たり前になっている場所だ、というのが見えて来るんじゃないかっていうことでした。今までのところで清岡さんがそれを大変に上手に話してくれたと思います。

 そして、文庫クセジュおよびuブックスからそれぞれが3冊ずつ選んで来て、紹介します。


■クセジュの1冊目― 
清岡・管『コルシカ島』ジャニーヌ・レヌッチ著

コルシカ島  なんと、1冊目はふたりとも『コルシカ島』を選びました。
 僕はコルシカに、なんとなくずっと興味があったんですよ。イタリアのすぐ側にありながらもフランス領だっていうのが、どうも変な場所だなと思って。
コルシカと、すぐ下にサルデーニャっていう島があって、この2つは一度は行ってみたいところです。それでこの本を読んでみました。
 そうしたら、歴史と地理についてのかなり詳しい記述がある本で、一度読んだからといってすぐに飲み込めるような本じゃない。こっちに受け止めるだけの下地がない。 僕はそもそもフランス本土にですら通算でも2週間くらいしかいたことがないから、そこから見えるコルシカ島のイメージは全く分からない。
 コルシカ島ってなんかイメージがありますか?

清岡 コルシカ島は全然知らないんですけれど、今年はコルシカに行こうかなと思ってちょっと勉強したんですよね。付け焼き刃ですが。
 『アデュー・フィリピーヌ』っていうヌーヴェルヴァーグの映画があります。すごく雑に言うと男1人、女2人の三角関係の話。 その頃のフランスっていうと、アルジェリア独立戦争中なんですね。その男に召集令状が来て、その前にコルシカ島に遊びに行くという設定。 映画の後半からコルシカ島が舞台になります。海岸は山がちで石がごろごろ転がっている景色です。
 途中で地元のお兄ちゃんがナンパな感じで割り込んで来て、イタリア語で歌を歌ったりすると、男が欝陶しそうな顔をするわけです。コルシカはフランス語圏ですからね。

トークセッション  結局車が故障して、地元の兄ちゃんを置き去りにして3人は逃げちゃうんですね。 最初は若者同士の恋愛みたいな感じのものかと思ったけど、勉強して見直すと、フランスとコルシカの関係みたいなのを感じますね。
 NHKラジオ講座で一緒に仕事しているレナ・ジュンタさんに、フランス人にとってコルシカはどういう印象なの? って訊いたら、昔は暴力的で怖くって、あまり働かないイメージだったそうです。でも、最近はリゾート地というイメージもついてきたそうですが。
 コルシカは、最初はローマ帝国に支配される。その後、イスラムとか海賊とかの攻撃を受けながら、都市国家だったピサやジェノバの支配下に。 ジェノバに支配された時代が長かったので、文化的には基本的にイタリア文化圏に入っているわけですね。コルシカ語は、言語的にはイタリア語の方言のような分類になっているんです。
 それで、独立運動が起きたときに、ジェノバがフランスに助けを求めます。 フランスは、駐留していいなら助けてやるよって感じで駐留して、結局そのままコルシカ島をフランスに併合しちゃった。 それが1768年とか1769年あたり、つまりフランス革命の20年くらい前のこと。ちょうどその頃にナポレオンが生まれるわけです。

・・・・・中略・・・・・
この間、清岡さんがコルシカについてお話しています。
ミス・フランスに相当する「ミス・マリアンヌ」に
コルシカ人の美女が選ばれて・・・という展開に。

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清岡 フランス人にすれば、コルシカは本国に比べると経済的に弱いのに、共和国の中では同じ水準の生活をさせるという建前があるので税金を多めに投入している。 すると、本国から見ると「コルシカは手が世話がかかるぜ」みたいな感じがちょっとあるんです。
 ちなみに、ベルギーのフランス語話者も同じような立場。オランダ語話者の方が経済力が強いから、「同じ税金払っているのに、フランス語の奴らは働かず、税金を使うばかりだ。 あれなら独立してくれた方がいいぜ」とオランダ語話者側は思っている。

 清岡さんはコルシカの話が尽きませんが、もうちょっとだけこの本について僕からも。
 僕は、細かいところが好きなんです。
 例えば、ベネズエラやプエルトリコ、そこはコルシカ人が定着した典型的な国であって、かつてはベネズエラに6000人ものコルシカ人が、 小フランスと言われるコロニーを作っていた、って。もう、びっくり。だって、小フランスですよ。

清岡 コルシカ人が?

トークセッション  ええ。こういうのが何か笑えて大好きですね。
 それから、プエルトルコではコルシカ系の住民が全体の4%を占める。4%って相当な数でしょ。 それがプエルトリコというカリブ海のスペイン語の島に行ったというのは、なかなか興味深い。 僕はハワイに住んでいたことがあるんですけれども、これに似たような例で、ハワイにはポルトガル系の人が人口の中に何%かいて、 そのハワイでポルトガル人だと思われている人の一定の部分が、元来、アフリカのカーボ・ヴェルデ出身の黒人なんです。 そういったことがちょっと面白いですね。


・・・・・中略・・・・・
清岡さんが、コルシカにおける「ピエノワール」の人々と、
コルシカの民族意識の高まり、そして沢尻エリカについて熱く語ります。

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 フランス人というのがもともといかに重層的というか、色んな人が集まっているかということは、よく理解されていませんね。

清岡 根強く「白人の国」と思われていますからね。

■クセジュの2冊目
清岡『フーリガンの社会学』ドミニック・ボダン著
管『香辛料の世界史』リュシアン・ギイヨ著
フーリガンの社会学
清岡 2冊目は、ワールドカップにちなんで『フーリガンの社会学』です。

 ずばり一言、お願いします。

清岡 これは要するに、観客と、サポーターと、フーリガンはどう違うかっていう本ですね。ただ、ひとつの都市文明とフーリガンの関係も書いています。

 僕が選んだ2冊目は『香辛料の世界史』。 これはスパイスのお話で、スパイスがいかに世界史の展開に関わってきたかということが語られています。
香辛料の世界史  これも僕は変なところばかり読んでしまうんですけれど、例えば、インドにはマハラジャと呼ばれる豪族がいるでしょ。マハラジャのマハというのは、 ラテン語のマグヌスと同じ語源で、ラジャの方はラテン語のレックスと同じ。要するに「大きな王様」という意味なんです。 見事にラテン語とサンスクリットが繋がって、マハラジャとマグヌスレックスが繋がっているということに、なんか感動しましたね。
 また、カルダモンというスパイスがありますよね。にんにくのしつこい匂いを消すには、これを噛むのが一番効果があるんですって。 全然知らなかった。だからカルダモンをちょっとポケットにしのばせておくと、にんにくをどれだけ食べても大丈夫。こういう取るに足らない雑学が楽しい。

清岡 この『香辛料の世界史』も面白いと思いますけれど、管さんの『斜線の旅』の最初の方に出てくるサトウキビの話も似てますね。『斜線の旅』は面白いです。

 ありがとうございます。読めば暗い気持ちになる本ですけれど(笑)。

■クセジュの3冊目― 
清岡『海賊』ユベール・デシャン 著 
管『ジプシー』ニコル マルティネス 著

海賊 清岡 3冊目は、この『海賊』という本。歴史の中で、海賊が襲って来る時期っていうのがあるんですね。 今だったらソマリア周辺が騒がしい。塩野七生さんが『ローマ亡き後の地中海世界』という本を書いていて、それは結局海賊の話なんです。 要するに海賊がどれだけ重要だったかということですね。
 さっき植民地帝国の話をしましたが、海賊と国の手先は紙一重です。船というハードの開発もありますが、船を襲って、 略奪を繰り返している連中が、あるとき国からの証明書をもらった瞬間に、もう国のお墨付きってことになってしまう。
 それでイギリス、フランス、スペインの植民地争奪のなかで、海賊がどんな役割を果たしたかという話が書いてあります 。読みやすくはないけれど、史実の表舞台にあらわれない海の上の出来事、その空白を埋めるのにいい本だと思います。
ジプシー
 僕はジプシー系の音楽が好きなんです。それで3冊目は『ジプシー』。
 ジプシーといえば、北インドに起源のある民族がユーラシア大陸を遠く西の方までいって、 各地に散らばって移動生活を続けているようなイメージで捉えられがちですが、この本によると、 あちらこちらの社会に多様な形で、マージナルな位置におかれた人たちがジプシーと呼ばれていて、 決して民族の話には還元できないということがはっきりと語られています。

 面白いと思ったのは、「カロー」という言葉の由来です。 僕はアメリカとメキシコの国境地帯にわりと長く住んでいましたが、メキシコ系アメリカ人たちのギャングが使う言葉を「カロー」と言うんですよ。
スペインのチカーノ、つまりジプシーたちがカローという言葉で指しているのは、黒人のことなんですね。
 つまり黒人に対する差別語がカローであり、そこから来て、今のメキシコ系のギャングたちの、 隠語がたくさん入った言葉がカローと呼ばれることが分かった。

 それから、メキシコでグリンゴといったら、アメリカの白人を馬鹿にして呼ぶ言い方なんですね。これも色んな語源がありまして、 例えばアメリカのドルがグリーンのインクで印刷されているので、グリーンのお金を使う奴らという意味でグリンゴだ、というのが一番広く知られているる説でしたが、 この本によると、プロヴァンス語の「グレゴ」という言葉は「悪魔」という意味だそうです。 これがひょっとしたらメキシコに繋がっていって、メキシコでグリンゴと言ったらアメリカ白人を指して、悪魔と呼んでいるのかな、と思い当たりました。 こんな風に小さな発見がいくらでもあるのが、このシリーズの非常に嬉しいところです。


二人が選ぶ、「uブックス」ベスト3


■uブックス1冊目―
清岡『踏みはずし』ミシェル・リオ 著 
管『郊外へ』堀江敏幸 著

踏みはずし 清岡 まずは堀江敏幸さんが訳した『踏みはずし』という小説。組みもゆったりしていて短いから、急げばすぐに読めますが、味わって読むべき箇所も多い。
 「財界の大物のスキャンダルをつかんだジャーナリストの前に暗殺者が現れた。だが、歴史書を愛読し、哲学的なセリフを口にする殺し屋はうんぬん」で 、とにかく面白いですが、最初の10ページだけが読みづらい。そこを乗り越えれば、後は面白いし、 かなりエロチックな場面もあって最初はびっくりしました。
 別にそのエロチックなところがいいんじゃないですよ。いや、そこもいいんですけど(笑)。
 一応、私、普段はあまり言いませんけど、英米のミステリーも結構読んでいまして。そこそこミステリーを読んで来た目から見ても、 ミステリーの雰囲気をすごく湛えていて面白いと思いました。

郊外へ  では、こっちは堀江敏幸さんの記念すべき第1作、『郊外へ』。

清岡 堀江さん、大人気ですね。

 僕は2000年に明治大学理工学部に着任しましたが、当時堀江さんは明治の先輩教員で、 翌年に芥川賞を受賞していきなり雲の上の人になっちゃったけれど、 それまでは普通の同僚でした。堀江さんが4年くらい前に早稲田大学に移ることになり、 つなぎとして僕が理工学部のフランス語の運営を1年間やりましたが、 とても勤まらないので来てもらったのが清岡さんです。我々の人生がこの人を媒介者としていかに変わったことか。しんみりしますねえ。

清岡 荷物持ちとして呼ばれたのが、僕なんです(笑)。

 『郊外へ』は、大変に瑞々しい文章で、パリの郊外についてのノンフィクションとも小説ともつかない話が書かれています。 その文章を味わうためだけでも、大変にいいですね。もうこの段階ですでにその文体にはゆるぎないものがありますね。

■uブックス2冊目― 
清岡『ライ麦畑でつかまえて』J.D.サリンジャー 著
管『屋根の上のバイリンガル』沼野充義 著

ライ麦畑でつかまえて 清岡 『ライ麦畑でつかまえて』です。私がはじめて読んだのは中三のときで、よく分からないまま何か新鮮な感じを受けました。 同じ本は繰り返し読まない方なんですが、繰り返して読んだ数少ない本です。はじめて読んだ英語の本としても、思い出深いですね。

 ただ、こういう話をしてもいいかな? 同僚の、若い英語の先生に聞いたら「面白くない」って言うんです。 「なんで」と問うと、「ポストモダン小説を読んだ後だったので、技巧的に物足りないと思っちゃいました」って。 でも、この本が書かれたのは1951年なので、ポストモダンじゃないですよね、全然。
 雑な言い方をしましたが、ポストモダンの場合は、内容や感動よりも技巧的な面に工夫をこらしたものになっているわけです。 でも、シュルレアリスムの、アラゴンの小説だってポストモダン的ですよね。1920年代の小説ですが、たとえば『文体論』という小説は、第1章は普通なんだけど、 第2章はペンが「なんでこんなことを書いちまったんだろう」というように語るんです。 だからポストモダンって言っても、そういう意味では驚かないよ、という気がしないでもない。
 つまり、キャッチャーがいかに面白いかということが上手く語れないんです。一応、青春の書なので、青春の書というのは上手く語れないことになっているので、 上手く語れないわけです。
トークセッション  ちなみにそのときは「好きなものを研究対象にしていいかどうか」ということで盛り上がりました。彼は若手なのでクール。 「好きなものは研究対象にしてはいけない。自分が上から語れるものを研究対象にしろ」と。 「好きなものを読んで学んだら、学んだことを使って、切り分けられるものを対象にするのが研究ですよ、清岡さん」って言われちゃった(笑)。
 それで、私ともう一人のロートル派は「いや、研究は愛だ」って言ったんですね。「愛のないところには何もない」って言って、対立して終わったんですけれど。どうでしょう?

 いやー、それはちょっと異論が大いにありますね。

清岡 ですよね。要するに文学研究とか批評における愛の位置づけというのが、『ライ麦畑でつかまえて』から浮かび上がる問題のひとつですね。

屋根の上のバイリンガル  僕もサリンジャーについては話せば色々あるんだけれど、あえて入らずに、2冊目に行きましょう。
 沼野充義さんの『屋根の上のバイリンガル』です。
 沼野さんが若い頃に、ハーバード大学のスラブ語学科に留学されていたときの、ある意味留学体験記でもありますね。 当時『翻訳の世界』という意欲的な雑誌があって、それに連載されていた言語の話題をめぐる色んなエッセイが集められています。 ロシア・ポーランド文学専攻であるにも関わらず、ロシアには行かずにアメリカ東海岸のロシア・ポーランド人のコミュニティの中に入り、そこで言葉を学び、また本を読んでいった。 体験自体が非常に面白いんですけれども、今や押しも押されぬスラブ文学研究の第一人者である彼の若い頃の姿が、非常にいきいきと想像できます。 ちょうど堀江さんの『郊外へ』も30歳頃の作品で、これと並べて読むと面白い。

清岡 面白いですよね。ついでに『生半可な学者』と、3冊続けて読むと面白いかもしれませんね。どれも読みやすいし、ためになる感じですね。

■uブックス3冊目―
清岡『インド夜想曲』アントニオ・タブッキ 著
管『魂の形について』多田智満子 著

インド夜想曲 清岡 それで僕は今度はアントニオ・タブッキの『インド夜想曲』にしてみました。 須賀さん訳のタブッキの小説は何冊かUブックスに入っていて、どれも面白いですが、これはロード小説的に面白い。 さっきの『踏みはずし』と『インド夜想曲』は、絶対に面白いと思いますよ。 それで、この2冊を読んで両方面白くなかったら、もう私が面白いと言った本は読まない方がいいですね(笑)。

 タブッキというのは変わった人で、ポルトガル文学者なんですよね。 大詩人フェルナンド・ペソアの研究者で。イタリア人であるにも関わらず、奥さんはポルトガル人。

清岡 他の小説だと、舞台がリスボンだったりしますもんね。
魂の形について
 僕の3冊目は詩人の多田智満子さんの『魂の形について』。 これは古今東西の古典の中に現れてくる、魂のイメージをめぐる本で、魂が人によっていかに想像されてきたか、その形について語っている。 多田さんというのはもともとエジプトであるとか、ギリシアだとか、各地の神話に非常に興味を持っていらして。 確か『響宴』という同人誌を鷲巣繁男、高橋睦郎、多田智満子の三人でやっていたんじゃなかったかな? すごいメンバーですね。
ですから日本の現代詩の歴史の中では、一番高踏派というか、ハードな西洋文学の知識がある人たちのグループにいらして。 大変に素晴らしい本だと思います。僕はこういう本を書きたいな、70歳くらいになったら。まあ、将来の夢として。

清岡 すいません、一言いいですか。今、管さんがご紹介してくれた通りなんですけれど、たぶん管さんがおっしゃったほど難しくはないですよ。

 そうそう。ぜんぜん。読みやすい本です。

清岡 内容的にはすごく洗練されていて、学問的にも高級なんだけど、取っ付きやすい本なので、とてもお薦めです。 この本を読んですごく印象に残ったのは、オチまでは言いませんけど、心という言葉と心臓という言葉は「心」でダブってる。 英語のハートも、フランス語のクールもそうでしょ。僕も昔から、なんで心臓と心って同じ単語なんだろうって思ってたんだけど、そういう疑問を持つのが不自然なのかなと放置してた。 そうしたら、その疑問について思いっきり書いてあるんですよね。でも、まあ、続きは本書で(笑)。
トークセッション
 ちょっと気になったところを一つだけ申し上げますと、世界各地の神話の中で、死者の魂というのは例えば鳥や蝶など、生物の形をとることが多い。 それが、多田さんによるとキリスト教的寓意では、魂は常に人間の形をしている。精霊を鳩で表すことはあっても、死者の魂が鳥や蝶やミツバチの形をとることはありえない。 キリスト教のアントロポモルフィズムは魂の形象にまで及んでいる。

■最後にもう1冊だけ… 
清岡『フェルマータ』ニコルソン・ベイカー 著

清岡 あ、すいません。あと△をつけたやつがいくつかあるんですけど…。

 どうぞ。

フェルマータ 清岡 私たちと同じくらいの歳に生まれた、ニコルソン・ベイカーの本も面白いですね。
ちょっとエロチックなのが好きな人は、『フェルマータ』なんてエロチックですよね。フェルマータって音楽記号で、時間を止められるんですよ。 時間を止めて、いろいろしちゃう。後書きで訳者の岸本佐知子さんも書いていますが、この本はフェミニストからものすごい酷評されました。 「ふざけんな」とか「女をモノだと思っているのか」って。まあそれも分かるんですけれど、ただ、岸本さんによるとベイカーはその批判も織り込み済みでやってるらしい。
 確かに、「時間を止めて裸にしちゃえ」というような場面も結構あるんだけど、それだけじゃなくて、時間を止めて雨の中を走ってたら、走り抜けた跡が空洞になってたりする。 なかなかポエティックなんです。
 大げさに言うと、ある種の、瞬間の微分の実験。瞬間を止めて、その瞬間を限りなく色んな風に拡大して、解剖して見せるというような試みなんですよ。 そう思って読むと、エロチックな部分も「一種の微分なのね」って思って読めば、腹も立たないかな。
 で、その岸本さんのエッセイ『気になる部分』も、ものすごく読みやすい。本を読み慣れていない人は、こういう読みやすい本をとっかかりにすると、読む感じが駆動してきますよね。
トークセッション
 あの、申し訳ないのですが、そろそろ時間が大変非常になくなってきまして。

清岡 ああ、もうこんな時間だったの。すいません、すいません。

 残念ながらこの辺りで、清岡さんはまだまだ夜はこれから、という感じですけれども、お話はいったん打ち切りにしたいと思います。 みなさま、どうもありがとうございました。今夜はぜひ1冊、ここで話に出た本を読んでみてください。

2010年6月26 日 ジュンク堂書店池袋本店にて


管啓次郎 1958年生まれ。詩人、翻訳家、比較文学者、明治大学大学院・理工学研究科新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系教授。 東京大学教養学部フランス科卒業後、アメリカ、ハワイ、そして南米各地やカリブ海など、多くの地域に滞在し「オムニフォン(多言語)」をキーワードにして世界を見つめる。 主な著書に『コヨーテ読書』(青土社)、『オムニフォン』(岩波書店)、『本は読めないものだから心配するな』(左右社)、『斜線の旅』(白水社)など。

清岡智比古 1958年生まれ。明治大学理工学部(総合文化教室)准教授。専門はフランス語・フランス文学。 現在、NHKラジオの「まいにちフランス語」講座の講師。主な著書に、愉快な語り口で大人気の『フラ語入門、 わかりやすいにもホドがある!』 『フラ語動詞、 こんなにわかっていいかしら?』『フラ語練習、 楽しいだけじゃだめかしら?』『フラ語ボキャブラ、単語王とはおこがましい!』(以上、白水社)、 『東京詩― 藤村から宇多田まで』(左右社)など。

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